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2026年3月21日 (土)

天台僧成尋62歳北宋へ密航 979

「宋史」記述の「誠尋」は「成尋」(じょうじん1011~81)です。
天台僧の成尋は朝廷から勅許を得ず北宋へ渡航しています。
(「渡海制」の掟破りで~す。高齢の為許可が出ないとの判断から?)
彼はこの渡海、及び、北宋訪問での出来事を
「参天台五台山記8巻」(早稲田大学)として残してくれています。
御年62歳の成尋は延久四年(1072年)肥前国松浦郡の壁島から
(現在の佐賀県唐津市呼子町にある加部島と思われます。)
「唐人舩(船)」で3/15出発→4/12杭州着
→天台山巡礼(4/末~5月)
→北宋の都、開封に着(10/11)
→神宗謁見(10/22)
→五台山巡礼(11月)
→雨乞い祈祷(翌年3/3~)等々
→成尋は皇帝から帰国を許されず、
 弟子達との悲しく寂しいお別れは6/12に。
この際「参天台五台山記」を弟子達に日本へ持ち帰りを託します。
この間の出来事が詳細に記述されています。
1072/3/15~1073/6/12の密航入宋記録になります。
天台僧ですから当然?天台宗発祥の地、天台山巡礼が
一途最初になってます。これが第一の目的だったのやも?
*天台山(現在の浙江省台州市天台県)
南朝の陳の時代に智顗(ちぎ天台大師538~597)がこの山にこもり、
法華経を中心とする総合的な仏教(天台宗)を確立。
日本の最澄(伝教大師767?~822)が遣唐使船で渡海、
この天台山で天台教学を学び帰国後、比叡山延暦寺を開き
日本天台宗の礎を築く。円珍(814~891)、後の栄西・日蓮といった
日本の著名な僧侶達も天台宗を学ぶ為にこの天台山を訪れています。
成尋が念願の天台山を訪れ、この「天台国清寺」に滞在する事、
及び、五台山巡礼の許可を台州の役人にお願いすると、有難い事に、
この役人が許可願いを朝廷に報国・連絡・奏上して下さったのです。
台州の役人にお願いすると、有難い事に、
この役人が許可願いを朝廷に報国・連絡・奏上して下さったのです。
*天台国清寺→中国仏教、天台宗発祥の総本山(598年創建)
すると、何故か時の皇帝「神宗」が取り急ぎ、「都・開封においでよ」と
一報が入るのですが入るのです。 続く。

Sakura

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