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2025年11月29日 (土)

宋の太宗 日本の万世一系を 967

次なる宋史の展開は太宗が奝然を大切にした事、
又、彼が奝然情報から宰相に語っている描写になります。

「太宗召見奝然 存撫之甚厚 賜紫衣 館于太平興国寺
 上聞其国王一姓伝継 臣下皆世官 因歎息謂宰相曰
 此島夷耳 乃世祚遐久 其臣亦継襲不絶 此蓋古之道也
 中国自唐季(末)之乱 宇県分裂 梁周五代享歴尤促 大臣世胄
 鮮能嗣続 朕雖徳慚往聖 常夙夜寅畏 講求治本不敢暇逸
 建無窮之業 垂可久之範 亦以為子孫之計
 使大臣之後世襲禄位 此朕之心焉」
慶應大学メディアセンター デジタルコレクション 明監本宋史 P46 6行目~)
*太平興国寺→宋の都、開封にある寺院。太宗が977年に復興。

奝然は(趙)宋二代目皇帝・太宗にたいそうく気に入られ、
「紫衣」を贈られ、「太平興国寺」を住まいとしてあてがわれました。
太宗は奝然から情報を見聞きし、日本の国王(→天皇)が万世一系で
臣下(→公卿)も継承していると認識、溜息をつき宰相に語った。
「島夷(日本)でさえ(帝の)世襲が長く続き、その臣も継承しておる。
 これはまさにいにしえの王朝のある姿である。
 我が国は唐末の乱(朱全忠のクーデター唐朝滅亡)以来、
 郡県が分裂、梁・五代の治世は
 特に短命、大臣の家系で継ぐ者は稀であった。
 朕は往聖(昔の聖人)に及ばぬ徳しか持ちあわせないが、
 常に昼夜を問わず畏れ敬い、治める根本を講求し、
 怠ることを敢えてしない。無窮の業を築き、
 可久の範を垂れることは、子孫のためにも考え、
 大臣の後裔に禄位を世襲させたい。これが朕の心である。」と。
太宗の気持ちがひしひしと感じられる文言です。 続く。

Tubaki6

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