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2025年10月18日 (土)

奝然 隸書で日本風土伝える 961

次の「宋史 日本」の展開です。

「奝然善隸書 而不通華言 問其風土 但書以対云
 国中有五経書及仏経佛經 白居易集七十卷 並得自中国
 土宜五穀而少麦 交易用銅銭 文曰乾文大寳(宝)
 畜有水牛驢羊 多犀象 産糸蚕 多織絹 薄緻可愛
 楽有中国高麗二部 四時寒暑 大類中国 国之東境接海島
 夷人所居 身面皆有毛 東奥州産黄金 西別島出白銀 以為貢賦
 国王以王為姓 伝襲至今王六十四世 文武僚吏皆世官」
慶應大学メディアセンター デジタルコレクション 明監本宋史
 P42 11行目~P49 17行目)(旧字体は新字体に変換してます。)

ここからは「明監本宋史」に記述されていますのでご確認下さい。
奝然は華言(漢語)会話が出来ないものの、漢語を隷書で表現が
長けていたので、日本の風土を尋ねられ際、書面にて答えた。
その内容は
日本国内には「五経の書物・仏経・白居易の集70巻」が存在し
それらは全て中華王朝から得たものである。
土地は五穀に適しているが小麦は少ない。
交易には銅銭を使用、その文には「乾文大寳(宝)」と刻まれている。
*乾文大寳→958年発行、皇朝十二銭(朝廷による貨幣鋳造)の最後。
家畜には水牛・驢(ろば)・羊がいる。犀と象が多い。←誤情報
蚕を飼育し絹布を織る。薄く繊細で美しい。
音楽は中国と高麗の二つの流派がある。
四季の寒暑は中国とほぼ同じである。
国の東の境界は海島に接し、夷人が住む。
その身と顔には毛が生えている。
東の奥州では黄金が産出され、
西の別島では白銀が産出され、(別島の白銀→対馬島の銀)
貢物として献上される。
*奥州から黄金献上
「天平二十一年(749)二月丁巳(2/22) 陸奥国始貢黄金」
国立国会図書館デジタルコレクション 続日本紀 巻十七 聖武帝 1行目)
この黄金は東大寺盧舎那仏(752開眼供養)の金メッキに利用されます。
*別島では白銀献上
「三年(674)三月庚戌朔丙辰(3/7 )対馬国司守忍海造大国言
 銀始出于當国即貢上 由是大国授小錦下位
 凡銀有倭国 初出于此時」(倭国での銀発見最初と)
国立国会図書館デジタルコレクション 日本書紀 巻二十九天武帝 P2行目)
国王は王を姓とし、現在まで64代にわたって継承されている。
文武の官吏はすべて世襲の官職である。
家畜と白銀の説明以外は概ね問題は特にございません事よ。
次回はいよいよ是非とも紹介したかった記述です。 続く。

Kiku5

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