宋史 奝然の王年代紀 962
宋史は奝然贈与の「王年代紀」を元に記載してます。
但し、この「王年代紀」とは一体、どのような代物だったのか
全く不明です・・・・・。今は暫し目を瞑る事にします。
「其年代紀所記云
初主号天御中主 次曰天村雲尊 其後皆以尊為号
次天八重雲尊 次天彌聞尊 次天忍勝尊 次瞻波尊 次萬魂尊
次利利魂尊 次國狹槌尊 次角龔魂(樴)尊 次汲津丹尊
次面垂見(足)尊 次國常立尊 次天鑑尊 次天萬尊
次沫名杵(蕩)尊 次伊奘(弉)諾尊 次素戔烏(嗚)尊
次天照大神尊 次正哉吾勝速日天押穗耳尊 次天彥尊 次炎尊
次彥瀲尊 凡二十五(誤謬⇒三)世 並都於筑紫日向宮
彥瀲第四子号神武天皇 自筑紫宮入居大和州橿原宮」
*(樴・足・蕩・弉・嗚)=日本書紀(本文・一書)での漢字表記
(慶應大学メディアセンター デジタルコレクション 明監本宋史 P42 18行目~)
この展開以前、ご覧あそばされたと存じます。
そうです。「新唐書」の記述ですよね。
「初主号天御中主 至彦瀲 凡三十二世 皆以尊為号 居築紫城
彥瀲子神武立 更以天皇為号 徙治大和州」
「新唐書」で初めて「天御中主」・「彦瀲(ひこなぎさ)」が出現しました。
従って、この記述は奝然献呈の「王年代紀」に依っていると
考えるのが自然です。
984年奝然の入宋→1060年「新唐書」撰→1345年「宋史」編纂の流れ。
又、「天御中主」~「彦瀲」の「凡三十二世」は誤りで、
上記の「宋史」から正しくは「凡二十三世」になります。
一方、「以尊為号」とあるので「王年代紀」は
「日本書紀」表記に準じています。「古事記」は「神」表示です。
「曰天御中主尊 次高皇産靈尊 次神皇産靈尊 皇産靈 此云美武須毘」
(国立国会図書館 デジタルコレクション 日本書紀 神代上 P4 1行~)
「天地初発之時 於高天原成神名 天之御中主神
(訓高下天 云阿麻 下效此)次高御産巣日神 次神産巣日神
此三柱神者 並独神成坐而隱身也」
(国立国会図書館 電子図書館 古事記 上巻 P6 9行~)
「神世」の創作物語はココ迄。 続く。

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