新唐書 東夷日本読み解きXV 955
新唐書 東夷 日本の読み解き続きです。
お馴染みのお洒落な生成AI「Gemini」の日本語訳になります。
孝明死~怪珍云の訳
「孝明(→孝謙)が死に、大炊(→淳仁)が立った。大炊が死に、
聖武の娘の高野姫(→称徳)を王とした。
高野姫が死に、白壁(→光仁)が立った。
建中元年(西暦780年)、使者の真人興能(まひとおきとし)が
貢ぎ物を献上した。
真人というのは、官名に因んで氏としたものである。
興能は書道に優れ、その紙は繭のようで光沢があり、
誰もその製法を知らなかった。貞元の末(西暦805年頃)、
その王の桓武が、使者を遣わして朝貢した。
その学問をする学生の橘免勢、僧の空海は、滞在して学業を修める
ことを願い、二十余年を過ごした。使者の高階真人(たかしなのまひと)
が免勢らを連れて帰国したいと願い出たので、
詔勅により許可された。
次は諾楽(→奈良=平城)、次は嵯峨、次は浮和(→淳和)、
次は仁明。仁明の開成四年(西暦839年)、再び貢ぎ物を献上した。
次は文徳、次は清和、次は陽成。次は光孝、
光啓元年(西暦885年)にあたる。
その東海の島々の中に、また邪古(やこ)、波邪(はや)、
多尼(たに)という三つの小さな王がおり、北は新羅に、
西北は百済に、西南は越州に接しており、
絹織物や珍しい物産があるという。」 続く。
代 帝名 在位期間 在位年(日本書紀から)
46 孝謙帝 749年07月~758年08月 09年
47 淳仁帝 758年08月~764年10月 06年
48 称徳帝 764年10月~770年08月 05年
49 光仁帝 770年10月~781年04月 10年
50 桓武帝 781年04月~806年03月 24年
51 平城帝 806年03月~809年04月 03年
52 嵯峨帝 809年04月~823年04月 14年
53 淳和帝 823年04月~833年02月 09年
54 仁明帝 833年02月~850年03月 17年
55 文徳帝 850年03月~858年08月 08年
56 清和帝 858年01月~876年11月 13年
57 陽成帝 876年11月~884年02月 07年
58 光孝帝 884年02月~887年08月 03年

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