式部の白氏文集知識は為時VI 917
式部(973?~?)に漢籍に興味を抱かせた父・藤原為時(949?~1026?)。
彼の表面に出ている僅かな経歴
977年東宮師貞親王(後の花山帝)の読書始で講師補佐(文章生で)
*読書始→禁中・公家等で幼少者が初めて読書を行なう儀式
984年08/27花山帝即位 秋に式部丞・六位蔵人
984年12/18内御書所別当(小右記)
*式部=式部省
令制で、太政官八省の一つ。朝廷の礼式および文官の考課、選叙、
賜祿などをつかさどり、大学寮・散位寮を所管した。卿、大少輔、
大少丞、大少録などから構成された。二条大路をへだてて大学寮
に面し、大内裏のもっとも南側、朱雀門のすぐ東にあった。
(日本国語大辞典 精選版 小学館)
*丞→三等官
*内御書所(うちのごしょどころ)
宮中の書籍を保管し、書籍の書写蒐集を行う令外官
986年06/23花山帝出家 六位蔵人停任(ちょうにん)以後無冠
996年01/06従五位下叙爵1/25除目淡路守1/28直物 淡路守→越前守
*直物(なおしもの)→除目結果の訂正行事 (年月日史料は日本紀略)
*日本紀略 (日本国語大辞典 精選版 小学館)
平安後期の歴史書。三四巻。編者・成立年時未詳。
神代から後一条天皇の治世までを漢文・編年体で記す。
神代は「日本書紀」をそのまま用い神武天皇から光孝天皇の治世
までは「六国史」からの抄録、以降は各種の日記・記録による。
史料的価値の高さは定評がある
為時が位階・官職を得たのは984年36歳。(949年誕生換算)
内御書所ですから朝廷所有の貴重漢籍等を目にしている筈?
この時の所蔵目録があれば良いのですが悲しいかな不明です。
但し、為時は既に紀伝道(=中国史・漢文学)を学習してますので
「史記」「漢書」「後漢書」「三国志」「晋書」「隋書」
「文選」「白氏文集」等々はお勉強済み。
藤式部は母を幼くして亡くしてますので「お父さん子」だった筈。
この時、式部は12歳(973年誕生換算)。
為時が息子・惟規(のぶのり)よりも彼女の漢籍暗記力が優れている
ことに気付いた後、彼女に漢書物を読み聞かせて内容を教授して
いたと考えます。
「この式部の丞といふ人の、童にて書読みはべりし時、聞き習ひつつ、
かの人は遅う読みとり、忘るる所をも、あやしきまでぞ
聡(さと)く侍りしかば、文(書ふみ)に心入れたる親《為時》は、
『口惜しう、男子《惟規》にて持た(ら)ぬこそ幸ひなかりけれ』とぞ、
常に嘆かれ侍りし。」
(国立国会図書館デジタルコレクション 紫式部日記P36 25行目~)
但し、為時は初めて官職に就き朝廷に出所も僅か2年もたたない内に
失職・無冠になってしまいます。 続く。
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