« 恵信尼さんの最後のお手紙原文 901 | トップページ | 恵信・覚信尼は比丘尼に非ず 903 »

2024年6月22日 (土)

恵信尼さんの最後のお手紙解読 902

先週の「恵信尼さんの最後のお手紙」をZIPANGU風に。

《裏端書》には、この書をしたためた日時
晩春3月の12日午後9時~11時、「暗くてよく書けません」と。
《本文》恵信尼さんの近況報告から始まります。

 この年迄生きているとは思いませんでしたが、
 今年(1268年)は、いやはや87歳になってしまいました。
又、「とらのとしのもの(寅年)」と記されています。
お歳を干支換算で考えていたことが慮れます。
その前に「今年は八十七やらんむなりになり」とありますので
「八十七やらん八やらむになり」とは如何に?
 今はあちらに逝く時を待つ日々になると思える程、
 齢を重ねましたが有り難いことに呼吸器系は健全、
 足腰も達者で万全、
 「犬」のように野山を駆けまわっている感です。
 但し、今年に入り、寄る年波に勝てず物忘れが激しくなりました。
次は略しましたがお嬢さんの王御前さん(後の覚信尼)が送ってくれた
「綾織」の着物へのお礼をされてます。
その次が子供達へのお気遣い、是非とも子供達の昨今の状態を
詳しく知らせて欲しいと切にお願いしてます。
次の記述はちょいともの悲しく辛いです。
 口惜しいけれどもこの世ではもう子供達とは逢えなく、
 私の姿形も子供達に見て貰えないでしょう。
 ただ、私はもうすぐ「極楽」へ参ります。
 そちらでは何でもあからさまに「観」ることができると思います。
 従って、皆さん必ず「念仏」して「極楽」で集いお会いしましょう。
ここは凄く切ない気持ちに。
この次の略は皆さんでご確認下さい。
そしていよいよ最後のくだりです。
 まだまだたくさん書き留めたく思うのですが
 この手紙を届けて下さる方が「あか月(=暁)」に旅立つとの事。
 周りはとても暗くて文字が見えませんのでこれまでにします。
これでお仕舞いと思いきや
 縫い針を所望されてます。その縫い針ですが
 手紙を届けた方にお渡し下さいと。
 更に、返信文の中に入れて下さいと早く返事が欲しい感。
 更に、再度子供達の子細連絡のお願い。
 その連絡で心が「慰み候へ」と念押し。
 まだ、未だ「万尽くし難く)候(たくさん書き尽くしたいのですが)」
 ほんとにココまでにしておきます。
ここで終わりではないのです。
 ところで、あなたの「宰相殿(お嬢さん)」はお嫁にいかれたの?
やっとこさっとこ、これにて終了なのです。
恵信尼さんの心温まる頬笑ましい文面に感激。
とても数え87歳の「おばあちゃん」とは思えませんことよ。
 続く。

Botan

|

« 恵信尼さんの最後のお手紙原文 901 | トップページ | 恵信・覚信尼は比丘尼に非ず 903 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 恵信尼さんの最後のお手紙原文 901 | トップページ | 恵信・覚信尼は比丘尼に非ず 903 »