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2024年1月20日 (土)

光る君へ 詮子円融帝崩御後出家 882

「令和6年能登半島地震」
で被災された方々に呉々もお見舞い申し上げます。

本日より前回の続きの展開になります。
今年の某テレビ局大河ドラマは「光る君へ」のタイトルで
摂関政治絶頂時代を取り扱っています。
聴くところに依ると2回のオンエアー視聴率は芳しくないとか。
今日日、少子高齢化時代には視聴率と云う代物は役立たず。
(広告収入等に頼る民放は全く別ですが・・・・・。)
あまり意味をなさない数字になってしまっているのでは?
又、「軍事闘争ドラマ」に比して「権力闘争ドラマ」は白黒をつけにくく
更に、この時代の人間模様も「歴史好き」の方を除き、登場人物の
固有名詞をご存じの方は軍事ものよりも少な目では?
この弱さを補う為に「女性物語・小説」文化を挿入しています。
紫式部の「源氏物語」は我が国最初の女性文学作品ではありません。
清少納言の随筆「枕草子」はさることながら、
「落窪物語」の第四巻は清少納言が執筆したとも云われています。
これらより遡る事数年前、藤原兼家(929~990 )(大河演 段田安則)
の次男・道綱(955~1020)(大河演 上地雄輔)の
生母(右大将道綱の母 936?~995)(大河演 財前直見)が
日々書き連ねた「蜻蛉日記」が本邦最古の本格的女性文学です。
*蜻蛉日記
日記。三巻。974年頃の成立。954年に兼家と結婚してのち、
不安定な結婚生活に苦悩や嫉妬や絶望を重ねながら、
一子道綱への愛や芸術の世界に平安を見いだしていく、
二一年間の心の遍歴を自伝風につづる。
(日本国語大辞典 精選版 小学館)
因みに、兼家の正室時姫(?~980)(大河演 三石琴乃)のご子息。
長男・道隆(953~995)(大河演 井浦新)
長女・超子(954?~982)《67三条帝の母》
三男・道兼(961~995)(大河演 玉置玲央)
三女・詮子(962~1001)(大河演 吉田羊)《66一条帝の母》
五男・道長(966~1027)(大河演 柄本佑)
66一条帝(980~1011在986~1011)(大河演 塩野瑛久)
67三条帝(976~1017在1011~1017)(大河演 木村達成)
63冷泉帝(950~1011在967~969)女御の超子さん死去の際、
冷泉帝は存命でしたので「落飾・出家」されていません。
64円融帝(959~991在969~984)女御の詮子さんは円融帝崩御に
伴い991年落飾・出家されてます。但し尼僧にはなっておりません。
尚、「まひろ(→紫式部)」(大河演 吉高由里子)はドラマ設定架空名。
かの御代、高貴な女性以外「名前」はなかった時空なのです。 続く。

Ume77

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