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2023年10月28日 (土)

曼荼羅発見 大悦びの信如房 874

ここからの読み解き現本写本は「信如房悦て」でご確認下さい。
法隆寺より「蔵開放」の連絡を貰い、
信如房さん早速、夢見し尼衆を連れ法隆寺へまっしぐら。
二人で「宝蔵」に入り、「曼荼羅」を捜しに探します。
ところが、中々出てこないのです。
「奉行勅使等、寺僧達」は「曼荼羅」が出現したらお知らせする旨に
信如房さんは「腹立つ」「号泣」限りなしと。
漸く、観念・諦めて、泣き・泣く、お二人は蔵を出ることに。
蔵門に向う途中、「古い舞装束が入っている箱」を押し退けて
通らんとすると「鈴の音」がしたのです。
夢見し尼衆は「手を打ち」、
「この音は夢で見聴きした『鈴付き曼荼羅』の音と同じ」と。
信如房さんは悦び急ぎ箱を開けると何とそこに「曼荼羅」が。
よくよく見るにその曼荼羅は捜し求めていた
「二幅の絹繍」された「天寿国曼荼羅」だったのです。
(文永十一年甲戌二月廿六日=1274/2/26)
この「鈴付き曼荼羅」は
天武帝の法隆寺への贈与されたものに比定する学者もおられます。
(又、法王帝説證注の著者、狩谷棭斎〈望之〉さんは「別物」と。)
その「鈴」の法隆寺資材帳部分
「合通分繍帳貳張(其帶廿二條 鈴三百九十三)
 右納賜淨御原宮御宇(天武帝) 天皇者」
(国立国会図書館 電子図書館 法隆寺資材帳 P14 20行目)
「繍帳貳(二)張」→「二幅リノ絹繍」(太子伝聖誉抄)
「鈴三百九十三」→「万タラ二鈴付タリシカ鳴シ音」(太子伝聖誉抄)
もし、同じ物とすると「淨御原宮御宇(天武帝)」から
在位673~686年間に
「天寿国曼荼羅繡帳」が作製された事になってしまうのです。
資材帳は後に触れますのでその時に。
そして、「天寿国曼荼羅」はお約束通り、法隆寺のお坊さんの確認後
めでたく信如房さんのお手元に届いたのです。 続く。

Kiku5

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2023年10月21日 (土)

信如房さん天寿国繡帳発見 873

いよいよ「天寿国繡帳」の亀の甲400文字が発見されます。

「信如房悦夢見タル尼衆ツレテユキ二人自(←カラ)宝蔵入
 宝物ルニ更万タラ無 信如房捜見玉事限ナシ
 奉行勅使䒭(=等)寺僧達今ハヤ御出有サノ久シクハ
 何ニヲ御覧スルソトテ腹立ツ信如房泣コト限ナシサテハ
 今求出 空ナントテ二人泣悲ンテ出ントスルニ
 古キ舞装束入タル箱途中有ルヲ押ノケテ
 通ラントスレハカラリト鈴ナル音ス
 夢見タル尼衆手ヲ打テ夢見タル尼衆手ヲ打テ
 夢見進セシ万タラ二鈴付タリシカ鳴シ音
 今少シモ不違ト云フ
 信如房悦此箱アケテ見ルニ件万タラ在ケリ
 信如房悦モナヲニ泣 開テ見玉フニ件ノ天寿国ノ万タラ也
 二幅リノ絹繍等侍ヘリ 文永十一年二月廿六日
 寺僧拝見後 兼テノ約束信如房奉ラレ了 略
 又此盗人サシテ物トラヌ入タリケルモ
 信如房懇祈請セラレシ今年志ニモア依タリケシ。
 文永十一年甲戌二月廿六日サテ信如房此万タラヲ見玉
 下亀百アリ亀甲ニ一ツノ文字アリ 合四百文字アリ
 乱脱入レシタル間 人是エヨマス。
 此国中ニハヨム者更ナシ。
 信如房ヲハ京鎌倉貴皆知タル明人也
 此万タラヲ読セ奉シカ為京都持登リ玉フ
 尔(←ソ天下文者学生有ケルハ
 俗ニハ花山院中納言藤原諸継(←モロツク
 法師ニハ霊山定円法印二人也ケリ
 信如房京都ニテ取リ此両人一処請シヨセテ
 此四百文字読ノヘセ玉フ
 両人共一反(=旦)拝見ノ後 別所籠リ居二人ナカラ
 是ノヘンシ玉フ 何レカノヘ何レカヨク
 明ラメ玉ハンス覧ト思ケル
 何レモ天下名物ナレハ宜(←ノフハ)ラク 子細ナシ
 嬖女アヘルヲ頭(←ハシ)ヲ知ヨリ捲ノフルカ如シ
 乱アイタレ共キ様文字続(←ツゝキ
 ヨクシリ義道明ナレハ何レモ程ナリノヘヲ出ナトモ不違。
 サレ共法師カタス習ニテ定円法師今少シトクノヘテ出シケリ
 両人取文字一モ一モ不違 トアヘリ
 両人共明物至リ是不誉 ト云者無リケリ」
赤字 △は不明 漢字・振り仮名に誤謬あるやもお気をつけて。》
東京国立博物館 デジタルライブラリー 太子伝聖誉抄下P49 6行~)

詳細は来週に。 続く。

Kiku5

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2023年10月14日 (土)

綱封蔵に盗人侵入 蔵解放 872

ここからの現本写本は「夢見たる同法の尼衆」でご確認下さい。
物語は一挙に好転します。
何と翌年、1274年(文永11年)早春、法隆寺「綱封倉(=蔵)」に
「盗人(泥棒)」が侵入したのです。
蔵に立ち入った手口は蔵の裏手に火を付けた形跡があったと。
お江戸時代なら「火付盗賊改」が活躍するのですが
まだこの時代はそのような役目方が存在しませんでした。
法隆寺のお坊さん達は訓練をしていたのか?
後日、窃盗物件を確認する為、
段取りよく、興福寺別当に「奏聞」、「勅符」で蔵を開けたのです。
急ぎ、お坊さん達は蔵内を調査したところ
収納箱が少し傷つけられていただけで
奇しくも「宝物」は一切盗まれていなかったのです。
この事実に安堵すると
お坊さん達はお約束通り中宮寺の信如房さんに
蔵が開いている状況を連絡する使いを送ります。

何だかこの進展、「ドラマ」を見ているような感じ。
しかし、疑問を挟むのは愚の骨頂。
「ものがたり」は往々にしてこのようなもの。
異を唱えること無く素直に「飲み込む」事が「お・と・な」?
さて、穴穂部間人皇女の忌日が記載されている「曼荼羅」は
見つかるのでしょうか?
きっと以て、「ネタバレ」になりますが
皆さんお分かりのように「天寿国繡帳」が発見できるのです。
おあとは来週に。 続く。

Kiku5

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2023年10月 7日 (土)

法隆寺へ駆けつける信如さん 871

「太子伝聖誉抄 天寿國曼荼羅起因」原文写本の続き。
「夢見タル同法尼衆ツレテ
 則日法隆寺アル寺僧達此由申サル
 サル万タラハ未ヨリ見及不侍
 忝勅符ラル二ハアケ不侍
 興福寺二西南院實宗僧都当寺ノ別当御座ス
 別当牒公家奏聞経 勅許
 別当許可宝蔵也。
 略 若求出玉以ソゝ
 必貴寺可奉ト云フ 信如房聞イテ帰玉フ
 又次年文永十一年甲戌春トク綱封倉盗人入ヨリ焼アケテ
 入タル跡アリ 幾ラ物取タル共不知 急奏聞ヘテ
 別当見 宝物勘定スヘシトテ
 開見ルニ サシテ物ハ不取 内ナル櫃共皆鎖カタクサス間
 何工不取ケルカ 沈ホタ六人シテ有ケルヲ
 少カキトレル計也
 此次トテ中宮寺信如房方ヘ使ヤラル。」
赤字は不明 漢字・振り仮名に誤謬あるやもお気をつけて。》
東京国立博物館 デジタルライブラリー 太子伝聖誉抄下P48 11行~)

信如長老さんは早速、
夢を見た「同法ノ尼衆」を連れ法隆寺へ一目散に駆けつけ、
法隆寺のお坊さん達に夢告内容をお話し申し上げました。
お坊さん達はそのような曼荼羅は御覧になった事は無く、
そもそも「勅符」がなければ蔵自体あける事ができないとも。
又、興福寺の別当が「公家」を通じ帝へ奏上し蔵解錠の「勅許」頂き、
「宝蔵」を開くとの情報も得ます。(但し、期日は不明)

大変遺憾ながら、「略」は読み取りができないのです。
特に「一+ヽ」はどの漢字を略したものなのか分からないのです。
お教え頂けますと、とても喜ばしい限りです。
皆さん、お時間があれば内容込みで「想像」して下さいませ。

「略」部分に繋がる次の展開は信如さん所望の曼荼羅が出現した際は
必ずやお渡し下さるとの仰せに信如さんは悦び、
中宮寺へお帰りのなったのです。 続く。

因みに10/4(水)に奈良正倉院にて「開封の儀」が行われたと。
勅使が来られ、麻縄を鋏で切って封を解く、今のお話と重なります。
「正倉院で「開封の儀」 年に1度、宝物を点検」(日経Web)

Kiku5

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