法隆寺流記資財帳の薬師・釈迦如来 853
斑鳩寺→法隆寺の仏像光背銘文から
607年(丁卯年)斑鳩寺(→法隆寺)に薬師如来像安置
623年(癸未年)釈迦尊像・侠(脇)侍、荘厳具(光背・台座等)が完成
この薬師・釈迦如来像について
先週紹介しました「法隆寺伽藍縁起并流記資財帳」の
記載をみてみます。
「金泥銅薬師像壱具
右奉為池辺大宮御宇 天皇
小治田大宮御宇 天皇
并東宮上宮聖徳法王 丁卯年 敬造請坐者
金泥銅釈迦像壱具
右奉為上宮聖徳法王 癸未年三月 王后敬造
而請坐者」
(国立国会図書館 電子図書館 法隆寺資財帳 P3 20行~)
鋳銅に金メッキした薬師如来像一体、
池辺大宮御宇天皇、小治田大宮御宇天皇、東宮上宮聖徳法の為に
丁卯年(607年)、
「敬造」し請い「坐(いま)」すものなり《献上されたもの》。
鋳銅に金メッキした釈迦如来像一体、
上宮聖徳法王の為に
癸未年(623年)三月、
「王后」が「敬造」し請い「坐(いま)」すものなり。
法隆寺資財帳に依ると
薬師像は
用明帝・推古帝・厩戸大王(皇子)の為に丁卯年(607年)献上された。
釈迦像は
厩戸大王(皇子)の為に癸未年(623年)3月「王后」が施入した。
法隆寺金堂に安置されている仏像光背銘文に依ると
薬師像銘文は
「小治田大宮治天下大王天皇及東宮聖王
大命受賜 而歳次丁卯年 仕奉」
丁卯年(607年)推古帝・厩戸大王(皇子)が「大命受賜」献上。
釈迦像銘文は
「時王后王子等 及与諸臣 深懐愁毒 共相発願仰依三宝 当造釈像
尺寸王身 中略 癸未年(623年)三月中 如願敬造釈迦尊像」
厩戸大王(皇子)の為に「王后・王子等・諸臣」らが「造釈像」を発願、
癸未年(623年)完成。
この法隆寺資財帳と薬師・釈迦如来像光背銘文、
歳(=年)は一致するも「誰が為」と「献上・施入者」との食い違い、
とっても困ってしまうのです。 続く。
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