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2023年1月14日 (土)

厩戸大王(皇子)法華義疏 838

新型コロナ禍に依る「行動制限」が解除・緩和され、3年振りの
国内・国外大移動と思いきや、意外な赴き感が漂ったお正月?
「明けましておめでとうございます。
 今年も宜しくお願い申し上げます。」

それでは、「厩戸大王(皇子)」の続きから。
彼につきましては昨年

「日本書紀の『大王(おほきみ)』表記」
「獲加多支鹵大王→雄略帝」
「厩戸皇子→豊聡耳法大王・法王大王」
「厩戸皇子 甲午年(574年)生誕」
「豊聡耳法大王は確固たる倭王」
「593年4月弱冠二十歳 厩戸大王」
「上宮・廐戸・豊聡耳・太子に」
「日没処天子様 お元気でした?」
「厩戸大王と裴世清 相見える」 
 等々にてお話ししました。
厩戸大王が思いっきり背伸びして張り合った、
お隣、隋の楊広(煬帝)さんは618年に不慮の死を遂げられました。
この年、大王は45歳。
(通期は「楊広(煬帝)と厩戸大王(皇子)」でご確認を)
彼は隋王朝への遣使派遣を止めた後、
「法華経」の注釈書(「法華義疏」)を作成したとされています(615年)
*法華経
「妙法蓮華経」の略称。大乗仏教の重要な経典の一つ。
漢訳に竺法護訳一〇巻(265‐316年)、鳩摩羅什訳八巻(406年)、
闍那崛多・達磨笈多訳八巻(601年)の三種が現存するが、
羅什訳が最も有名で、通常は同訳をさす。
詩や譬喩・象徴を主とした文学的な表現で、
一乗の立場を明らかにし、永遠の仏を説く。
(日本国語大辞典 小学館)
その義疏(ぎしょ=注釈書)に

「疏云法華義疏第一 此是大委國上宮王和集 非海彼本」
国立国会図書館 電子図書館 法華義疏第一巻 3行目)
写本されたお方がわざわざ此は海外本ではなく、
「大委國=大倭国」の「上宮王=厩戸大王」が集め記したものと
記述されています。
又、遡ること606年、
厩戸大王(33歳)は「勝鬘経・法華経」を講じています。

「(推古14年)秋七月 天皇請皇太子令講勝鬘経 三日 説竟之
 是歳 皇太子亦講法華経於岡本宮 天皇大喜之」
国立国会図書館 電子図書館 日本書紀 推古帝 4行目)
これにて、大王が仏教に勤しんでおられた事が窺えます。 続く。

Ume77

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