厩戸大王と裴世清 相見える 828
「倭王遣小徳德阿輩台 従数百人 設儀仗 鳴鼓角来迎
後十日 又遣大礼礼哥多毗 従二百余騎郊労
既至彼都 其王与清相見 大悦
曰
我聞海西有大隋礼義之国 故遣朝貢
我夷人 僻在海隅 不聞礼義 是以稽留境内 不即相見
今故清道飾館 以待大使 冀聞大国惟新之化
清答曰
皇帝徳並二儀 沢流四海 以王慕化 故遣行人来此宣諭
既而引清就館
其後清遣人謂其王曰
朝命既達 請即戒塗」
*維新・・・これ新たなり(改革・改良)
*二儀・・・万物を創り出す「陰陽」の二気。天地。
*戒塗・・・旅の支度(したく) 旅仕度(たびじたく)
倭王(=厩戸大王)は「小徳の德阿輩台」を難波に派遣、
到着した裴世清一行らを鳴り物入りで出迎えます。
裴世清らは十日程かけて難波から斑鳩郊外に至った際、
又、倭王(=厩戸大王)は「大礼礼哥多毗」を遣わし
旅の疲れを労(ねぎら)い、やがて裴世清らは斑鳩宮に。
*斑鳩・・・現在の奈良県生駒郡斑鳩町(法隆寺がある処)
(厩戸大王は605年以降、斑鳩宮がお住まいです)
倭王(=厩戸大王)は裴世清と相見(まみ)え、大悦(おおよろこ)び。
「我は海西に大隋という礼・義を重んじる国が在ると聞き及び
使者を派遣、ご挨拶に伺った。
我は大隋から東の遠い海の片隅に住まう東夷(あずまえびす)で
礼・義を存じあげません。然るにすぐお会いせず、路を清め、
館をデコレートしお持ちしておりました。お会いしたからには
どうか、貴国の「維新」の方法をお聞かせ下さい。」と裴世清に。
裴世清は通事を通して聞き、答えます。
「隋皇帝の徳は天地に並び、沢は四海に流ています。(慣用句)
この度、倭王が隋を慕う故、隋皇帝は私を遣わし今ここに」と。
対面式終了後、裴世清は倭王から離れ、部屋に戻った。
ある程度の期間を経た後、裴世清は
「『朝命(隋皇帝のご指示任務)』は悉く終わりました。
而るに私達の帰国準備をお願いします。」と要請。
任務内容は未記述ですので不明ですが流れ上「礼・義」について
隋王朝解釈をご教授下さったと思われます。 続く。

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