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2022年7月 2日 (土)

日本書紀の「大王(おほきみ)」表記 815

日本史で超メジャーな「607年遣隋使の派遣」の前に
「600年阿毎多利思比孤が遣隋使」で詮索しませんでした
「倭王姓阿毎 字多利思比孤 号阿輩鶏弥」について吟味してみます。

「倭王」・・・倭国のリーダー⇒大王(ふぉきみ→をほきみ→おほきみ)
日本書紀の「大王=太王」表記出現は以下になります。

仁徳帝 「大王者風姿岐嶷」(大王は立派な容姿)
   菟道稚郎子が前帝崩御に伴い後の仁徳帝へ進言
*菟道稚郎子(うじのわきいらっこ)
応神天皇の皇子。「日本書紀」では、応神天皇40年に太子に立てら
れたが、天皇の死後、兄の大鷦鷯尊(おおさざきのみこと)(仁徳天皇)
に皇位を譲るため、自殺したとされる。
 
允恭帝 「今太王留時逆衆」「願大王雖勞」「大王奉皇祖宗廟最宜稱」
      「願大王聽之」
  群卿が前帝崩御に伴い後の允恭帝へ即位要望
      「大王辞而不即位」「大王從群望」
  忍坂大中姫(允恭帝の奥様)命が後の允恭帝へ即位要請

雄略帝 「伏願大王奉獻臣女韓媛」(大王に私の娘韓媛を・・・)
  円大臣が前帝崩御に伴う諍いで後の雄略帝へ懇願
*円大臣(つぶらのおほおみ)
(葛城)円大臣は眉輪王らを匿った事で雄略帝により抹殺される。
後に雄略帝はちゃっかり彼の娘韓媛を娶り、清寧帝をこの世に。
*眉輪王(450~456)
仁徳帝がお爺ちゃん、父誅殺の恨みから安東帝を刺殺。

顕宗帝 「惟大王首建利遁」 「大王以社稷爲計」
  前帝崩御に伴い、後の仁賢帝が後の顕宗帝へ要請

継体帝 「大王有其天下」
  大伴大連達が前帝崩御に伴い後の継体帝へ要望
*大伴(金村)大連
大伴金村大連は応神帝5世孫、男大迹王を継体帝にした立役者。

欽明帝 「大王之意」「大王爲建任那」「唯在大王」「大王所述三策」
  任那旱岐等が百済聖明王へ返答 この大王=百済聖明王
*旱岐(カンキ)・・・任那諸国を治めた君主称号
*聖明王
百済第26代の王(在位〈523~554〉)。
中国の梁に朝貢して文物の輸入に努め、仏教を尊び、日本とも
親交を結び、釈迦仏像や経典を最初に日本に伝えたといわれる。
晩年には新羅と戦って敗死した。(日本国語大辞典 小学館)

用明帝 
「元年(586年)春正月壬子朔 立穴穗部間人皇女爲皇后 是生四男
 其一曰厩戸皇子
 更名 耳聡聖徳 或名 豊聡耳法大王 或云 法主王」
厩戸(うまやと)皇子
耳聡聖徳(みみとのしょうとく)
豊聡耳法(とよとみみののりの)大王(をほきみ)
法主(のりのうしの)王(おほきみ)

又、大王表記ではありませんが
推古帝
「大臣上壽 歌曰(蘇我馬子がお祝いの歌を奉った)
 夜須彌志斯 和餓 於朋耆彌 能 訶句理摩須
 (やすみしし わか おほきみ の かくります) 後略」
大王が「万葉仮名」で「於朋耆彌(おほきみ)」と。 

上記の各々は下記でご確認ください。
国立国会図書館 電子図書館 日本書紀 仁徳帝 2行
国立国会図書館 電子図書館 日本書紀 允恭帝 12行~
国立国会図書館 電子図書館 日本書紀 雄略帝 5行
国立国会図書館 電子図書館 日本書紀 顕宗帝 12行~
国立国会図書館 電子図書館 日本書紀 継体帝 12行
国立国会図書館 電子図書館 日本書紀 欽明帝 5行~
国立国会図書館 電子図書館 日本書紀 用明帝 7行
国立国会図書館 電子図書館 日本書紀 推古帝 14行    続く。

Asagao

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