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2020年7月11日 (土)

匈奴帝国 漢武帝の切り崩し 730

冒頓単于が統治した匈奴帝国は
西のアルタイ山脈~東の大興安嶺に渡る広大な領域。
現在のほぼモンゴルと内蒙古自治区を合わせた空間。(侵食地域除く)
冒頓は漢帝国と兄弟に契りを結び、
漢の「呂太后」・「孝恵(恵帝)(漢2代皇帝)」を手玉に取る始末。
しかし、冒頓にも永遠(とわ)の命は与えられません。
匈奴を大帝国に導いた冒頓はB.C.174に他界します。
彼無き後、匈奴帝国は衰退の一途を辿る事になるのです。
司馬遷が「史記」を執筆している時期、
「司馬遷 郎中・太史・中書令 史記成立」をご確認下さい。)
武帝(漢7代皇帝)(B.C.156~B.C87)(在位B.C.141~B.C87)時代、
(韓半島の楽浪郡等「漢四郡」設置もこの頃です。)
「戦乱中 商人(華商)・難民避難」をご確認下さい。)
武帝は領土拡張策に転じ、匈奴帝国切り崩しを謀ります。
漢帝国は
先ず、オルドス・バヤンノール(現在の内モンゴル自治区)等を奪還、
続いて、現在の甘粛省・青海省北部へ攻撃、
更に、現在の新疆ウイグル自治区
(シルクロード中継地区、トルファン・カシュガル等)を征圧します。
この攻勢に匈奴帝国は支配地域を縮小する事に。
やがて、冒頓単于に滅ぼされ恭順した
「冒頓単于は合理→冷静沈着 烏丸(桓)」でをご確認下さい。)
東胡の末裔、烏桓一族は弱体化した匈奴への怨念を晴らす為
歴代単于の墓地を荒らす事件が発生、
時の単于は烏桓一族を撃退するも、
この内乱に乗じて漢軍は遼東から出撃、烏桓一族を殲滅する事態に。
匈奴軍は漢軍との戦闘は避け、漢帝国の支配下に落ちた西域の烏孫
へ攻撃、現在の新疆ウイグル自治区を奪還したものの漢の援軍により
逆に撃退される顛末。
そんなこんなで匈奴は益々力を失って行くのです。 続く。

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