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2020年6月 6日 (土)

冒頓 劉邦を白登山に誘い込む 725

劉邦が項羽を自害に追いやり中国を統一。(B.C.202)
「漢帝国成立 劉邦 武帝 司馬遷 」
郡国制(分封建国制)を敷き、「代」国に「韓王信」を送り込みます。
先週紹介の「史記 巻百十一 匈奴列伝 第五十」をご確認下さい。
しかし、間もなく匈奴に代の都「馬邑」を包囲され、「韓王信」は降伏。
匈奴、冒頓軍は「韓王信」を味方にし、一気に南下「句注」山を越え、
「太原」の「晋陽」城に至ります。
一方、漢皇帝劉邦は自ら軍を率い、匈奴冒頓軍を迎え撃ちます。
時はB.C.200厳寒の冬、冷たい雪降る頃合い、「卒(=下級兵士)」の
20%~30%は凍傷で指を落とす者も。
冒頓軍は「詳(=佯・偽)」って敗走、劉邦軍を北へ誘い込む策へ。
劉邦軍は冒頓軍を追撃。冒頓は精兵を「匿(かく)」し、
「羸(ルイ)弱(・・疲れた)」兵を殿(しんがり)として退却。
ここに於いて劉邦全軍は悉(ことごと)く北進、更に32万追増兵。
劉邦は軍の先陣として「平城」に到着。
しかし、追尾が急だった為、隊列が伸び、後続部隊は遙か後方に。
冒頓はこれを期に精兵部隊40万騎を押し出し、
「白登」山上に布陣する劉邦を含む先陣軍を包囲。

「馬邑(朔州市)」・「太原(太原市)」・「白登(大同市雲州区)」の
位置関係は下記のグーグルアースでご確認下さい。
白登山
画像クリックで拡大します。
 続く。

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