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2020年3月 7日 (土)

賈皇后→張華→三国志 712

以前、「三国志(陳寿著述)」が正史になる立役者、
「張華」について記しました。
「張華と陳寿(壽)の歩み」
「陳寿 呉滅亡で三国志執筆」
「三国志 正史扱い認定」   をご覧下さい。

「(282年)三年春正月 以尚書張華都督幽州諸軍事」
(晋書 帝紀第三 武帝)
「持節 都督幽州諸軍事 領烏桓(丸)校尉 安北将軍」
(晋書 巻三十六 列伝第六 衛瓘 張華)

282年張華は荀勖に疎まれ中央から外され、
幽州(現在の北京)を拠点とし東北地区を管轄、
287年迄の間、抜群の成績を治め、
288年漸く張華は洛陽に帰京し閑職である「太常」に就任。

「頃之 徴華為太常 以太廟屋棟折 免官 遂終帝之世 以列侯朝見」
(晋書 巻三十六 列伝第六 衛瓘 張華)

太廟(帝室の祖廟)新築工事を指揮、完成後屋根の梁が折れる事故で
免職され、以後、司馬炎の死去まで「列侯」身分で「朝見」していた。
290年4月司馬炎没後、

「惠帝即位,以(張)華為太子少伝」
(晋書 巻三十六 列伝第六 衛瓘 張華)

張華は太子少伝(皇太子教育職)に。

「(296年)六年春正月 大赦 司空 下邳王晃薨 以中書監張華為司空」
(晋書 帝紀第四 恵帝)

296年1月「司空(築城・水利等の建築事業を掌る長)」迄にも出世。
ここ迄、以前、記しました。
この「張華」官僚位栄進には
司馬衷(晋朝恵帝)の皇后=「賈南風(257~300)」さんの登場が
欠かせないヒロインなのです。
張華は賈皇后の重用により、政務執行が可能になり、
ひいては、「三国志(陳寿著述)」が正史になり得たのです。 続く。

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