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2020年2月 8日 (土)

ところで「倭」の表音は? 708

先週、「邪馬壹国(ヤマイコク)」・「邪馬臺国(ヤマタイコク)」で
洛陽地域音(漢音)・南京地域音(呉音)の表音違いとしました。
ところで、それでは、
「倭」についてはどのような表音(発音)だったのでしょうか?
「倭」の表記は

(前)漢書地理志 燕地
「楽浪海中有人 分為百余国 以歳時来献見云」
(執筆地→後漢朝 洛陽)

三国志魏書 魏三十 倭人伝
人在帯方東南大海之中 依山島為国邑 旧百余国 漢時有朝見者
 今使訳所通三十国 従郡至
(執筆地→晋朝 洛陽)

後漢書 東夷列伝
在韓東南大海中 依山島為居 凡百余国 自武帝滅朝鮮
 使駅(訳)通於漢者三十許国 国皆称王 世世伝統」
(執筆地→南朝宋 建康=南京)

執筆地が洛陽と建康=南京と違うものの、
両方共に表意文字は「倭」になっています。
然らば、各々「倭」の発音は一体どんな「音」だったのでしょう?
残念ですが、全く分かりません。
但し、
時代は違えど、班固・陳寿・范曄さんが
現在の日本列島住まう人・地域を
「倭」と呼称・表記していたのは事実なのです。
因みに、漢和辞典での「倭」は
漢音「ヰ」 意味→従う様 うねって遠い様 みにくい
呉音「ワ」 意味→やまと
(「新漢和辞典」 諸橋轍次ら・大修館書店)と説明されています。
しかしながら、
ここでの漢音は隋(581~618)・唐朝(618~907)時代の「音」です。
一方、呉音は南朝宋(420~479)の「音」とされています。
従って、後漢書の「倭」は「ワ wo」と発音されていたのかも。 
又、この音の意味→やまとは完全後講釈です。 続く。

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