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2019年9月 7日 (土)

倭国状況は史記・漢書の援用 691

魏志倭人伝に記述されている「倭国」の状態を見てみます。

「男子無大小皆黥面文身 自古以来 其使詣中国 皆自称大夫
 夏后少康之子封於会稽 断髪文身以避蛟龍之害
 今倭水人好沈没捕魚蛤 文身亦以厭大魚水禽 後稍以為飾
 諸国文身各異 或左或右 或大或小 尊卑有差 計其道里 当在会稽
 東冶之東 其風俗不淫 男子皆露紒 以木綿招頭 其衣橫幅
 但結束相連 略無縫 婦人被髮屈紒 作衣如単被 穿其中央
 貫頭衣之 種禾稲紵麻 蠶桑 緝績出細紵縑綿
 其地無牛馬虎豹羊鵲 兵用矛楯木弓 木弓短下長上
 竹箭或鉄鏃或骨鏃 所有無与儋耳朱崖同」

陳寿が記したこの箇所なのですが

「史記」 巻四十一 越王勾践世家
「越王勾践 其先禹之苗裔 而夏后帝少康之庶子也 封於会稽
 以奉守禹之祀 文身断髪 披草莱而邑焉」

「(前)漢書」 巻二十八 地理志粤地
「其君禹後 帝少康之庶子云 封於会稽 文身断髪 以避蛟龍之害 略
 武帝元封元年略以為儋耳朱崖郡 民皆服布如単被 穿中央為貫頭
 男子耕農種禾稲紵麻 女子桑蚕織績 亡馬与虎 民有五畜
 山多麈嗷 兵則矛盾刀木弓弩 竹矢或骨為鏃」

こちらを参考にし、援用しています。

「史記」にある「禹」・「夏后」につきましては
「華僑・華商ネットの魁け夏(華)人」
「龍と王権威(力)との融合」   でご確認下さい。

*勾践(こうせん)<⇒嘗胆>
中国、春秋時代の越の王(在位 B.C.496~B.C.465)。
呉王闔閭(こうりょ)を敗死させたが、
その子、夫差(ふさ)<⇒臥薪>と会稽山に戦って敗れ、
のち名臣范蠡(はんれい)と謀って、呉を滅ぼす。
臥薪嘗胆(がしんしょうたん)の出典先。
*臥薪嘗胆
(中国の春秋時代、越との戦争で敗死した呉王闔閭の子の夫差は、
父の仇を忘れないために薪の中に臥して身を苦しめ、ついに越王
の勾践を降伏させた。
一方勾践はゆるされると、苦い胆を室にかけてそれをなめては
敗戦の恨みを思い出して、ついに夫差を破ってその恨みを晴らし
たという「十八史略‐春秋戦国・呉」にみえる故事から)
仇を報いたり、目的を成し遂げたりするために、
艱難辛苦をすること。(日本国語大辞典 小学館) 続く。

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