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2019年6月22日 (土)

市場⇒朝庭⇒朝廷へ 683

夏(華)人が作り上げた城郭商都の内部構造で一番大切な空間は
なんと言っても「市場(いちば)」になります。
さて、この市場は一体何処に?
ラストエンペラーをご覧になった方はイメージできると思われますが、
皇帝を前にして多くの方々がひれ伏す広ーいあの場所なのです。
ここがまさに「市場」で「朝庭」。
早朝からこの庭で(朝庭)イベントを(朝市)開催。
企業の朝礼と違いこのイベント、毎日ではございません。
たぶん、定期的に決められた日に行われていたのでしょう?
この「朝市」は円滑に機能したと思われます。
時を重ね、近隣他部族のみならず、遠隔地部族との交易が増え
商人達は益々裕福、それに伴い集団人口増を来します。
やがて、
自ずとこの集団生活の維持・護持・発展、及び、
他部族との諍いを起こさない機能(政治)が必要な状況を迎えます。
B.C.2000頃~B.C.1600頃のどこかの時点で、
ここのリーダー(首長=王)が思いを巡らし考え出したのです。
それは、この空間利用を商行為(市場交易)だけに留まらず、
夏商集団の権威付けとしての「宮廷儀礼空間」として利用です。
夏商集団内だけでしたらある程度の諍い等は治めることは可ですが、
他部族とはどこかのある時点で利害不一致を起こし、
もめ事に及ぶ事態が発生する事は簡単に想像できます。
争い事が生じる事態に陥りそうだったから
武力(力尽く)を伴わない方法として編み出したシステムだったやも?
多分、そう考えた方が利潤追求商人集団の論理に叶いそう。
然らば、その頭を捻り、練りに練った「宮廷儀礼」システムとは。
それは「文化を以てしての圧倒的なブラフ」。
緻密にビジュアルを駆使、
みんながあっと驚くイベントショーの企画・制作(プロデュース)。
これって、今現在も、規模は違えど、日常的なものでは?
このイベントショーは空前絶後の大成功。
市場であった朝庭が「朝廷」に変容したのです。
 続く。

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