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2018年9月 8日 (土)

搾取される民 黄巾の乱へ 650

外戚と宦官との利権獲得闘争は一向に問題がありません。
しかしながら、その「利」を生み出すのはあくまでも民衆。
「利権」の大部分の源泉である「租税」を納めるのは「幼気な民」。
この構造はいつの世も変わりません。
107年以降外戚・宦官の利権獲得闘争は続きます。
しかしながら、77年を要しますが
やがて、圧政の耐えられず気骨のある民・組織が立ち上がったのです。
それが通称、184年の「黄巾の乱」。

「後漢書」 皇甫嵩朱儁列伝
「鉅鹿張角自称 『大賢良師』 中略
 訛言 『蒼天已死 黄天当立 歳在甲子 天下大吉』」
(鉅鹿に在住の「大賢良師」と自称する張角が
 「蒼天<漢王朝>はすでに死せり
 黄天<太平道>まさに立つ
 歳は甲子にありて 天下大吉ならむ」と流言)
*黄巾の乱
中国の後漢末期、張角を首領として起こった農民の反乱。
黄帝老子の教えと称する太平道という一種の宗教組織のもとで困
窮した農民を集め、184年各地の信徒数十万を蜂起させた。農民た
ちは黄色の布をまとって目印としたので、当時の朝廷はこれを黄巾、あるいは黄巾の賊と称した。
*張角
中国、後漢末期の道士。鉅鹿(河北省)の人。
道教の一源流とされる太平道を唱えて、数十万の信徒をもつ宗教
結社を形成。のち政府の弾圧に伴い、184年に漢朝転覆を図って
黄巾の乱を起こしたが、病死した。184年没。
(日本国語大辞典 精選版 小学館)

「歳在甲子」は讖緯説の「甲子革令」から。
*讖緯
(「讖」は予言、「緯」は緯書) 陰陽五行説・日月五星の運行など
により未来を占う術。また、その書。中国の前漢末から南北朝に
かけて流行し、特に王朝革命の理論として利用されたが、弊害が
多いとして隋代に禁止された。わが国でも、王朝時代に盛行し、
辛酉革命、甲子(かっし)革令説がこれに基づくほか、年号を改める
場合の根拠となっている。讖緯説。〔後漢書‐方術伝上・廖扶〕
*辛酉革命
三革(さんかく)の一つ。辛酉(かのととり)の年には異変が多いとする一
種の予言説。干支によって吉凶の運を定める陰陽道では辛酉の年
を革命、甲子(きのえね)の年を革令、戊辰(つちのえたつ)の年を革運と
よんで特に重視し、平安時代以後、この干支に当たる年には天変
地妖、政変などを避けるために改元されることが多かった。
(日本国語大辞典 精選版 小学館)

184年(甲子年)太平道は蜂起しますが、
反乱決起日の密告・張角の死・軍事力に勝る政府軍により
同年にあっさり殲滅・鎮圧され太平道は瓦解する事に。 続く。

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