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2018年7月 7日 (土)

奉貢朝賀 奉献 通称「朝貢」とは 644 

57年 倭奴国奉貢朝賀、及び、107年倭国遣使奉献。
これらの「儀式」は通称、「朝貢」と命名されています。
*朝貢
諸侯や外国の使いが来朝して、朝廷に貢物をさし出すこと
(日本国語大辞典)と説明されています。
この朝貢は時の「帝」と「お土産持参朝賀参列者」との関係性。
この時代、「国民国家」・「帝政国家」と云う概念がない時代ですので
決して「中国」ではなく 『帝』⇔『参列者』の交流関係になります」。
帝は参列者から珍しいお土産を受け取りますが、
彼は自腹で「豪華お返しお土産」を用意、参列者に贈答します。
帝としては
彼に従う官僚、及び、軍人に対する示威行動。
(参列者からのお土産は皆さんに分け与え太っ腹を誇示とか)
参列者としては
圧倒的な軍事力・経済力を誇る帝との友好親善関係を結ぶ行為。
従って、奴国、及び、倭国使の費用負担関係は
楽浪郡役所迄の旅費は自腹、
それ以降の旅費宿泊費は招待側持ち、要はあご足付きって事に。
昨年他界された中国史権威「岡田英弘」さんの著書、
「歴史とはなにか」(文春新書)で「朝貢」を明確に定義されています。
以下引用します。P202~203
「朝貢は、実は、中国史を考えるとき、かなめになる、たいへんだいじ
 な観念なのだ。
 『朝』というのは、毎月きまった日に朝廷で行われる朝礼のことだ。
 『朝廷』というのは、文字通り、朝礼が行われる庭のことで、皇帝の
 宮殿の正殿のまえの広場が朝廷だ。
 『貢』という字は、『共』・『供』・『拱』と同じ意味で、両手で物持っ
 て捧げる様子をあらわしている。朝礼に出席して、持参した手土産
 を皇帝に捧げること、これが『朝貢』だ。」
更に、岡田さんは
「『朝貢』の意味は、現代の日本では、まったく誤解されている。誤解
 の原因は、主として、現代の中国人の政治的宣伝のせいだが、これ
 にまどわされた日本の東洋史学会では、朝貢をつぎのように定義
 するのがふつうだった。
 『東洋の古代、中世を通じて中国とそれをめぐるアジアの諸国ある
 いは諸部族との間に存在した朝貢という関係は、後者の前者に対す
 る形式的な服属関係ではあるが、実質的には特殊な形態の外国貿
 易であったので朝貢貿易ともいわれている・・・・・・』
 (『世界歴史事典』平凡社、1955年)
 これは、あまりにひどい間違いだ。」
と展開されています。彼の反論は来週に。 続く。

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