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2018年6月23日 (土)

倭人 朝鮮半島で鉄貨幣使用 642

後漢書東夷列伝には
倭国の極南界にある奴国の自ら大夫と名乗る使者が
光武帝の御代57年に後漢王朝の都、洛陽に赴き、お土産を贈呈、
朝賀に参列した。
光武帝は朝賀参列の返礼として印綬(金印・紫綬)を下された。
と記述されています。
奴国のお土産は一体何だったのでしょう?
まさか「鶴乃子」ではないと思いますが、
とても気になるところです。
「奴国」の所在地は偉い学者さんにお任せします。
又、この時に頂いた「金印」が江戸時代、天明の大飢饉中の
1784年志賀島(しかのしま)でお百姓さんにより発見されたと
されています。金印に刻印されている文字は「漢委奴國王」とか。
この信憑性も賢い先生さんに委ねます。
確かに云えるは今から1961年前、
倭の奴国の使者が洛陽へ赴き、光武帝に印綬を授与された事。
印綬の意味するところは華商との商い独占権益者記号。
*華商
他国に住む、中国の商人。(日本国語大辞典)
と云うことは既に、57年以前の時代、
華商と倭人に接点があった事になります。
基本的に「もの」を売りたい商人が買い手に接近する事に。
華商と倭人の接点場所は
華商が海を渡り倭国に上陸、倭人と接触、或いは、
朝鮮半島に住まう華商が朝鮮半島に渡った倭人との接触の二つ。
そして、後の可能性が強いのです。
なぜかと云うと先々週の
「後漢書東夷列伝 韓国関連記述」
「国出鉄 濊倭馬韓並従 巿之凡諸貨易皆以鉄為貨」
このくだりは「辰韓・弁辰」のところでの記述。
国は鉄を出す。濊・倭・馬韓は皆これに従う。
市(場)のおよそ諸々の貨易(商品交換)はみな鉄を以て貨幣となす。
とされています。
倭人、奴国の朝鮮半島出張担当者ら、或いは、以外の倭人が
朝鮮半島に駐在していたのではないかと考えられます。 続く。

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