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2018年6月16日 (土)

後漢書東夷列伝 倭国関連記述 641

後漢書の倭国関連の記述をピックアップしてみます。

後漢書 光武帝紀(旧漢字は新漢字に改訂)
「二年(57年)春正月辛未 初立北郊 祀后土 東夷倭奴国王遣使奉献」

後漢書 東夷列伝(旧漢字は新漢字に改訂)
「倭在韓東南大海中 依山島為居 凡百余国 自武帝滅朝鮮
  使駅通於漢者三十許国 国皆称王 世世伝統
  其大倭王居邪馬台国 楽浪郡徼 去其国万二千里
  去其西北界拘邪韓国七千余里 其地大較在会稽東冶之東
  与朱崖 儋耳相近 故其法俗多同 土宜禾稲 麻紵 蚕桑
  知織績為縑布 出白珠 青玉 其山有丹土 気温鹏 冬夏生菜茹
  無牛馬虎豹羊鵲 其兵有矛楯木弓 竹矢或以骨為鏃
  男子皆黥面文身 以其文左右大小別尊卑之差
  其男衣皆橫幅結束相連 女人被髪屈紒 衣如単被 貫頭而著之
  並以丹朱坋身 如中国之用粉也 有城柵屋室 父母兄弟異処
  唯会同男女無別 飲食以手 而用籩豆 俗皆徒跣 以蹲踞為恭敬
  人性嗜酒 多寿考 至百余歳者甚衆 国多女子 大人皆有四五妻
  其余或両或三 女人不淫不妒 又俗不盗窃 少争訟
  犯法者没其妻子 重者滅其門族 其死停喪十余日 家人哭泣
  不進酒食 而等類就歌舞為楽 灼骨以卜 用決吉凶
  行来度海 令一人不櫛沐 不食肉 不近婦人 名曰持衰
  若在塗吉利 則雇以財物 如病疾遭害 以為持衰不謹 便共殺之
  建武中元二年(57年) 倭奴国奉貢朝賀 使人自称大夫
 倭国之極南界也 光武賜以印綬」

以下、時代が飛びますのでここで終了します。

有り難いことに年号が記載されています。
光武帝紀には
57年東夷の倭奴国王が使いを遣わして奉献した。
東夷列伝では
57年倭の奴国が貢を奉って朝賀した。使人は自ら大夫と称した。
倭国の極南界である。光武帝は賜うに印綬を以てした。 続く。

尚、web上では
国立国会図書館 デジタルコレクション
「後漢書 光武帝紀」P101 26行~
「後漢書 東夷列伝」P17 2行~
確認可能ですので是非ご覧下さい。

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