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2017年9月 9日 (土)

「孫子」兵法 少しだけ 1 612

せっかくですから「孫子」兵法についてほんの少しだけ触れます。
「孫子」は13篇からなる「兵法書」です。

第一  計篇  (始計第一)
第二  作戦篇 (作戦第二)
第三  謀攻篇 (謀攻第三)
第四  軍形篇 (軍形第四)
第五  兵勢篇 (兵勢第五)
第六  虚実篇 (虚実第六)
第七  軍争篇 (軍争第七)
第八  九変篇 (九変第八)
第九  行軍篇 (行軍第九)
第十  地形篇 (地形第十)
第十一 九地編 (九地第十一)
第十二 火攻篇 (火攻第十二)
第十三 用間篇 (用間第十三)

のように構成されています。

先々週紹介しました
「呉越同舟」
は第十一 九地編に記載されています。
古事記(擬似漢文)とは違い、当然「漢文」です。

呉王闔廬(こうろ)が孫武(斉出身)からの兵法(「孫子」)を提案され、
一読感動、早速、孫武を自国将軍迎えたのです。(B.C.515?)
(史記 孫子呉起列伝 孫子より類推)
世は春秋時代(B.C.770~B.C.403)
「春秋(春夏秋冬=1年)」は魯の官吏の日記(出来事記録)から。
*春秋
中国の古典。周代、魯国の隠公元年(B.C.722)から哀公一四年(B.C.
481)までの、魯を中心とする歴史書。元来は魯の史官の遺した記
録であるが、孔子がこれに筆削を加え、その表現の中に彼の歴史
批判を含めたものとされるところから、五経の一つとして重んぜ
られるようになった。のち、その本意を明らかにするため、「左氏
伝」「公羊伝」「穀梁伝」などの解説書ができた。
(日本国語大辞典 精選版 小学館)
この時代の支那大陸は黄河流域(中原)の都市国家群と
それらから未開の地で蛮夷とされた方々が暮らす長江下流南地域の
呉・越国とで構成されていました。(楚は長江中上流域)
又、中原都市国家群人は
長江下流南地域に住まう人々を「百越人」とも蔑視していました。
「百越人」の「百」は「沢山の」と云う意味合い。
呉(B.C.585?~B.C.473)は現在の江蘇省地域、
 首都は姑蘇(こそ)(現在の蘇州市)。
 因みに、劉邦は江蘇省です。
越(B.C.600?~B.C.334)は現在の浙江省地域、
 首都は会稽(かいけい)(現在の紹興市)。紹興酒・老酒で有名。
呉・越国はお隣同士にも関わらず仲がとても悪かった感じ。

それでは「魏武帝註孫子」のイントロ、「始計第一」

孫子曰
兵者國之大事
死生之地
存亡之道
不可不察也
故經之以五事
校之以計
而索其情
一曰道
二曰天
三曰地
四曰將
五曰法
国立国会図書館 電子図書館蔵書 「魏武帝註孫子」 10行)

中略

兵者詭道也
故能而示之不能
用而示之不用
近而示之遠
遠而示之近
利而誘之
亂而取之
實而備之
強而避之
怒而撓之
卑而驕之
佚而勞之
親而離之
攻其無備
出其不意
此兵家之勝
不可先傳也

国立国会図書館 電子図書館蔵書 「魏武帝註孫子」 12行)

とても綺麗な句の配列とお思いになりません? 続く。

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