高松塚古墳 被葬者は忍壁親王と 599
第17回高松塚古墳壁画修理作業室公開が5/13~5/19に。
今年は1月に続く2回目。
「高松塚古墳・キトラ古墳」(文化庁)
この公開に先立ち、NHK 歴史秘話ヒストリアにて
「飛鳥美人 謎の暗号を解け~高松塚壁画のヒミツ~」と銘打ち
壁画をデジタル処理で復元。
お見逃しの方はこちらでご確認を
「『飛鳥美人』の謎に挑みます!」
「よみがえる飛鳥美人 国宝・高松塚古墳壁画のヒミツ[前編]」
「よみがえる飛鳥美人 国宝・高松塚古墳壁画のヒミツ[後編]」
(出典 NHK 歴史秘話ヒストリア 国宝・高松塚古墳壁画)
赤系衣装を纏っておられる女性は高貴なお方とか。
壁画に関しては更なる修復作業をお願いすることにして
注目はこの番組で高松塚古墳の被葬者は「忍壁(おさかべ)親王」と
予想されていました。
忍壁親王(?~705)であるなら、当に「古事記時代」そのもの。
忍壁親王は天武帝(?~686)の息子さん。
彼は父の天武帝から、
681年3月17日に「帝紀撰集」の命を受けています。
十中八九、未だ特定できない稗田名阿禮(礼) 、及び、太安萬侶と
接点が大いにあったと考えられます。
逆に接触がなかったとは考えられません。
又、彼は
703年4/20に知太政官事となり官僚トップに上り詰めていますので
太安萬侶らは十二分な情報を得ていたとも考えられます。 続く。
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