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2016年6月18日 (土)

仁賢帝~武烈帝~継体帝へ 569

仁賢帝~武烈帝~継体帝へ連なる古事記原文です。

意冨祁命<仁賢帝>
坐石上廣高宮
治天下也
天皇
娶大長谷若建天皇<雄略帝>之御子春日大郎女
生御子
高木郎女
財郎女
久須毘郎女
手白髪郎女
次小長谷若雀命<後の武烈帝>
次眞若王
又娶丸邇日爪臣之女糠若子郎女
生御子
春日山田郎女
此天皇之御子
并七柱
此之中小長谷若雀命者治天下也

小長谷若雀命<武烈帝>
坐長谷之列木宮
治天下捌歳也
此天皇
旡太子
故爲御子代
定小長谷部也
御陵在片岡之石坏岡也
天皇既崩
無可知日續之王
故品太天皇<応神帝>五世之孫
袁本杼命<後の継体帝>
自近淡海國令上坐而
於手白髪命<仁賢帝のお嬢さん>
授奉天下也

袁本杼命<継体帝>
坐伊波禮之玉穗宮治天下也
天皇
娶三尾君等祖名若比賣
生御子
大郎子
出雲郎女(二柱)
又娶尾張連等之祖凡連之妹目子郎女
生御子
廣國押建金日命<後の安閑帝>
次建小廣國押楯命(二柱)<後の宣化帝>
又娶意冨祁天皇之御子手白髪命(是大后也)
生御子
天國押波流岐廣庭命(波流岐三字以音 一柱)<後の欽明帝>
又娶息長眞手王之女麻組郎女
生御子
佐佐宜郎女(一柱)
又娶坂田大股王之女黒比賣
生御子
神前郎女
茨田郎女
馬来多郎女(三柱)        太赤字は丸囲い
又娶茨田連小望之女關比賣      
生御子
茨田大郎女

白坂活日郎女    太青字は四角囲い
小野郎女
亦名長目比賣(三柱)
又娶三尾君加多夫之妹倭比賣
生御子
大郎女
次丸高王
次耳{上}王       {上}小さく表示
赤比賣郎女(四柱)
又娶阿倍之波延比賣
生御子
若屋郎女
都夫良郎女
次阿豆王(三柱)
此天皇之御子等
并十九王(男七 女十二)
此之中天國押波流岐廣庭命者
治天下
次廣國押建金日命
治天下
次建小廣國押楯命
治天下
次佐佐宜命者
拜伊勢神宮也
此御世
竺紫君石井
不從天皇之命而
多无禮
故遣物部荒甲之大連
大伴之金村連二人而
殺石井
天皇
御年肆拾參歳
御陵者三嶋之藍御陵也      太青字は四角囲い

読み解きは来週に。  続く。

web上では
国立国会図書館 電子図書館蔵書古事記中下巻P118の1行目で
確認可能ですので是非ご覧下さい。

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