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2015年7月19日 (日)

男浅津間若子命(允恭帝)の御代 527

水歯別命(反正帝)の崩御に伴い、
弟の男淺津間若子宿禰命(允恭帝)が帝位を継ぐことになるのですが
彼は病気理由で辞退し続け空位時期が生じたところの
古事記原文です。

男淺津間若子宿禰命(允恭帝)
遠飛鳥宮
治天下也
此天皇
娶意富本杼王之妹
忍坂大中津比賣命
生御子
木梨之輕王
長田大郎女
次境之黒日子王
次穴穗命(安康帝)
輕大郎女
亦名衣通郎女
(御名所以負衣通王者 其身之光 自衣通出也)
次八瓜之白日子王
次大長谷命(雄略帝)
橘大郎女
酒見郎女(九柱)
凡天皇之御子等
九柱(男王五 女王四)
此九王之中
穴穗命者
治天下也
次大長谷命
治天下也
天皇
初爲將所知天津日繼之時
天皇辭而詔之
我者有一長病
不得所知日繼
然大后始而
諸卿等
因堅奏而
乃治天下
此時新良國王
貢進御調八十一艘
爾御調之大使
名云金波鎭漢紀武
此人深知藥方
故治差帝皇之御病
於是天皇
愁天下氏氏名名人等之
氏姓忤過而
於味白檮之
言八十禍津日前
居玖訶瓮而(玖訶二字以音)
定賜天下之八十友緒氏姓也
又爲木梨之輕太子御名代
定輕部
爲大后御名代
定刑部
爲大后之弟田井中比賣御名代
定河部也
天皇
御年漆拾捌歳
御陵在河内之惠賀長枝也

web上では
国立国会図書館 電子図書館蔵書古事記中下巻P92の11行目で
確認可能ですので是非ご覧下さい。  続く。

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