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2015年4月 5日 (日)

仁徳帝、女性達へ全方位外交 512

仁徳帝は早速、難波を発ち山代(城・背)の奴理能美邸に向かいます。
奴理能美邸に到着すると奴理能美は蚕を石之姫命に献上。
仁徳帝は石之姫命が住まう「殿戸(御殿戸口)」にて歌で訴えます。

綾藝泥布(つぎねふ)
夜麻斯呂賣能(山代〈城・背〉め(女)の)
許久波母知(木鍬持ち)
宇知斯意冨泥(打ちし大根)
佐和佐和爾(さわさわに)
那賀伊幣勢許曾(ながい〈言〉へせこそ)
宇知和多須(うちわたす)
夜賀波延那須(やがはえなす)
岐伊理麻韋久禮(きい〈来入〉りまゐく〈参来〉れ)

「大勢引き連れ貴女を迎えに来たよ」ってな感じ。
この後、古事記はこのお二人について黙して語っていません。
大人の和解したのか、或いは、
石之姫命が意地を通し難波にお帰りにならなかったのか、不明。
只、続く古事記の描写は
仁徳帝と八田若郎女との愛溢れる歌の遣り取りになります。
然るに、石之姫命は女の意地?をお通しになったのでしょう。
お子さんに恵まれなかった八田若郎女をお気遣いになる仁徳帝の
お気持ちが滲む歌。

夜多能(やた〈八田〉の)
比登母登須宜波(ひともとすげ〈一本菅〉は)
古母多受(こも〈子持〉たず)
多知迦阿禮那牟(た〈立〉ちかあ〈荒〉れなむ)
阿多良須賀波良(あたらすがはら〈菅原〉)
許登袁許曾(こと〈言〉をこそ)
須宜波良登伊波米(すがはら〈菅原〉とい〈言〉はめ)
阿多良須賀志賣(あたらすが〈清〉しめ〈女〉)

貴女は子が授からなく寂しい思いであるが
いつも「清し女(健気で爽やかで気持ちがよい)お人」。
それに対し八田若郎女も歌で答えます。

夜多能(八田の)
比登母登須宜波(一本菅は)
比登理袁理登母(ひとり〈一人〉お〈居〉りとも)
意冨岐彌斯(おほきみ〈大君〉し)
與斯登岐許佐婆(よ〈良〉しとき〈聞〉こさば)
比登理袁理登母(一人居りとも)

帝がそれ(独り身)で良いとおっしゃるなら、
わたくしはちっとも寂しくはありませんわよ。
とても素敵な遣り取りではございませんか。
仁徳帝は八田若郎女の為、「名代(帝直轄の私有民)」を
彼女に因んだ名前の「八田部」とお定めになった。 続く。

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