« 仁徳帝 吉備国にて黒姫と逢瀬 505 | トップページ | 石之姫命の心的現象乱れ彷徨 507 »

2015年2月22日 (日)

鬼の居ぬ間に八田若郎女と 506

仁徳帝は吉備国の黒姫とお別れした後、八田若郎女にお熱を。
八田若郎女は仁徳帝の腹違いの弟、宇遅能和紀郎子の妹。
彼女は死に際し宇遅能和紀郎子がくれぐれも「彼女を宜しく」って
仁徳帝にお願いしたお方。
彼のお陰で帝位を継いだ仁徳帝は宇遅能和紀郎子の依頼通り
八田若郎女を奥様のお一人としたのです。
彼らの係累と経緯(いきさつ)は
「応神帝の奥様・お子様」
「宇遅能和紀郎子の依頼」でご覧下さい。
それでは、皇后、石之姫命の女性らしい悋気な振る舞い。
石之姫命はある時「豊楽(宴会)」用の「御綱柏(酒器として使用)」を
採取に「木國(紀伊国)」へ赴きます。
皇后、自ら難波を留守にするお出ましですから
十中八九、仁徳帝の挙動をお試しになられたと思われます。
仁徳帝は鬼の居ぬここぞとばかり、上記の八田若郎女と熱愛。
侍る回りの方々も恥じらうほどの中睦まじさだったとか。
一方、石之姫命一行は「御綱柏(酒器用)」を舟に満載、
難波津を目指します。
その難波津には「水取司(もひ〈い〉とりのつかさ)」の役目を終え
たまたま?お国、吉備国「兒嶋(児島)」へ帰る
「仕丁(よほろ)」=宮で課役に従事されたお方が。
水取司は仁徳帝の宮(お住まい)で水を管理するお仕事される方。
そこに石之姫命の舟に従っていた皇后の従者、
「倉人女」の乗り合わせた舟が通りかかったんですって。
このお二人は面識があった感じ。
そして、ここからがいけませんこと。
無粋な水取司の仕丁は倉人女に仁徳帝と八田若郎女の事を
話してしまうのです。それも
「晝(昼)夜戲遊」
「ひねもす~よもすがら(一日中)遊び戯れておられる」って。
こんなお遊戯?って最高!
きっと以て、水取司の嫉妬でしょう。
それとも、倉人女にモーションをかけたのかしらん
それはさて置き、更に付け加え
「『靜(静)遊』(もの静かにご外遊されておられる)石之姫命が
 もし、お聞きになったらさぞかし・・・・・。」と。
倉人女は石之姫命の舟に急行、ご注進。
石之姫命の思惑は的中。
薄々こうなるであろうと予想はしていたものの
いざその通りになると石之姫命の気持ちは動揺。
恨み・辛みが増幅、怒りが大爆発。
来るべき宴会用で紀伊国で摘んだ「御綱柏(酒器)」を全て
海に投げ捨てる振る舞いに。
そして、示威行為は難波宮には帰らず「堀江」を川沿いに遡り
「山代(=山城国)」へ舟を向け、一歌。 続く。

|

« 仁徳帝 吉備国にて黒姫と逢瀬 505 | トップページ | 石之姫命の心的現象乱れ彷徨 507 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 仁徳帝 吉備国にて黒姫と逢瀬 505 | トップページ | 石之姫命の心的現象乱れ彷徨 507 »