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2015年2月15日 (日)

仁徳帝 吉備国にて黒姫と逢瀬 505

明石海峡を突っ切り、仁徳帝は播磨灘を西南一路、小豆島と左にし、
島々を伝い、やがて、黒姫住まう吉備国へ。
但し、吉備国(備前・備中・備後・美作)は広し。
備前(現在の岡山県南東部)
備中(現在の岡山県西部)
美作(現在の岡山県北部)
備後(広島県東部)
想像するに難波に近い備前と思われますが?
海路はるばる訪れて下さった仁徳帝に黒姫はおもてなし。
彼女は山畑の菘菜摘みに仁徳帝をお誘いします。
仁徳帝は喜んでお供をします。 その山畑で一歌。

夜麻賀多邇(やま〈山〉がたに)
麻祁流阿袁那母(ま〈蒔〉けるあをな〈青菜〉も)
岐備比登登(きびひとと〈吉備人と〉)
等母邇斯都米婆(とも〈共〉にしつ〈摘〉めば)
多怒斯久母阿流迦(たの〈楽〉しくもあるか)

愛しいお方と共にする時空は楽しい事、云わずもがな。
仁徳帝はさぞかし若くキャピキャピなお嬢さんと素敵な時間を
お過ごしになったのでしょう。
逢うが別れの初めなり。
お別れの時が訪れます。 その際の切ない黒姫が二歌。

夜麻登幣邇(やまとへ〈倭方〉に)
爾斯布岐阿宜弖(にし〈西(風)〉ふ〈吹〉きあげて)
玖毛婆那禮(くもばなれ〈雲離れ〉)
曾岐袁理登母(そ〈退〉きお〈居〉りとも)
和禮和須禮米夜(われわす〈忘〉れめや)

夜麻登幣邇(倭方に)
由玖波多賀都麻(ゆ〈往〉くはた〈誰〉がつま〈夫〉)
許母理豆能(こもりづの)
志多用波閉都都(した〈下〉よは〈延〉へつつ)
由久波多賀都麻(往くは誰が夫)

夜麻登(倭)=難波にお帰りになる仁徳帝に黒姫は
「あなたは倭にお帰りになり私を忘れようとも
 私はあなたの事を決して忘れないわー。」
「お忍びの恋って辛いわねー。」
ってな感じかしら? 続く。

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