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2015年2月 8日 (日)

淤能碁呂嶋の所在は? 504

去る者に未練たらしいのは殿方の特性。
吉備へ帰郷した黒姫に逢いたく、
「淡道嶋(淡路島)」を見たいと石之姫命を偽り仁徳帝は旅に出ます。
淡路島に向かって遠くを望み仁徳帝は一歌。

淤志弖流夜(おしてるや)
那爾波能佐岐用(なにわ〈難波〉のさき〈崎〉よ)
伊傳多知弖(いで〈出〉た〈立〉ちて)
和賀久邇美禮婆(わがくに〈国〉み〈見〉れば)
阿波志摩(あわしま〈淡島〉)
淤能碁呂志摩(おのごろしま〈淤能碁呂嶋=自凝島〉)
阿遲摩佐能(あじまさ〈檳榔〉の)
志麻母見由(島も見ゆ)
佐氣都志摩美由(さけつ島見ゆ)

ここも叙事詩、ここでの注目は
「淤能碁呂志摩(=淤能碁呂嶋)=自凝島(おのごろしま)」。
伊邪那岐命と伊邪那美命が愛を育み「国生み」をされた島。
難波港(住之江港)から舟を漕ぎ出すと
淡島(淡路島) 淤能碁呂嶋 檳榔が生い茂る島 その他諸々の島
が見渡せたって事。
淤能碁呂嶋につきましては
「艶なる古事記読み」で展開しましたのでそちらを是非ともご覧あれ。
艶なるファンタジー物語では「淤能碁呂嶋」を「奈良盆地」としました。
もし稗田阿礼の語るこの叙事詩の通りとすると
淤能碁呂嶋は大阪湾に浮かぶ「島」になってしまいます。
とすると「倭国」の発祥地点は仁徳帝が都(商業都市国家)を建造した
難波地域と考えるのが自然になります。
故に、「つや(艶)・色っぽさ」はひとまず鞘に収める事に致します。
淡島(淡路島)の周りには島とは云えない奇岩礁が散見されます。
この内のどれかが「淤能碁呂嶋」と措定されたのでしょう。
因みに、古事記伝を記した本居宣長は
淡島(淡路島)の淡路町「岩屋の絵島」をこの候補とされているとか。
この絵島は淡路島北端に存在。現在淡路町は淡路市に。
又、「おのころ島神社」は淡路島中南部に存在しています。
(兵庫県南あわじ市榎列下幡多)
さて、いよいよ仁徳帝は黒姫が住まう吉備国へ進路を取るのですが
遠回りの鳴門海峡ではなく近道の明石海峡を通った考えられます。
 続く。

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