赤玉は阿加流姫神 493
天日矛のぞんざいに扱うもの云がきっと度重なったのでしょう。
とうとう彼女は堪忍袋の緒がプッツン切れたのでしょう。
甲斐甲斐しく尽くした彼女は天日矛に引導を渡します。
そして、ここで衝撃な事実が明らかにされます。
「わたくしは 『非応為汝妻之女(貴男の妻になるようなもの)』
ではなかった。
『将行吾祖之国(わたくしの親がいる国に帰ります)』」 と。
さすれば否や、彼女は即、「小舩(舟)」を調達、日本海を渡り
瀬戸内航路で難波の津を目がけて逃げ、「遁」走。
彼女は首尾良く難波津(倭国)に到着。彼の地に留まったとの事。
そして古事記の注釈によると
彼女は難波津の「比賣碁曽社(ひめごそのやしろ)」に
「座(おいでになる)」「阿加流比賣神(あかるひめのかみ)」 とか。
阿加流姫神は赤玉からの命名?
阿加(赤=明るくって)流(玉=流麗な)姫神さんかしらん?
ここでファンタジーな世界にも関わらずおせっかい。
赤玉こと阿加流姫神さんの親御さんは一体誰に?
母は新羅の阿具沼で憩っておられた女性に。
この沼辺で憩う女性は
新羅のお方、或いは、倭国から新羅へ来られた方。
古事記が語る光り輝く虹感じのお方が父。
この父も倭国から新羅へ来られた方、或いは、新羅のお方に。
一方、阿加流姫神さんは明確に私の親は倭国、難波津の方と。
この情報は育ての親、あの嫌らしき男からもたらされたものの筈。
阿加流姫神さんは両親とも倭国の方、、或いは、ハーフに。
しかして、真相は如何に。
とても気になるところですが
奇しくもあの嫌らしき男に聞く術(すべ)はございません。
無粋な詮索はよしましょう。 続く。
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