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2014年9月21日 (日)

応神帝崩御 跡目争い勃発 486

 応神帝が崩御されます。
 大雀命は応神帝の命(令)に従い、宇遅能和紀郎子に帝位移譲。
 しかしながら、大雀命の兄、大山守命は反旗を翻す事に。
 そこのところの古事記原文です。
 
故天皇崩之後
大雀命者
從天皇之命
以天下讓宇遲能和紀郎子
於是大山守命者
違天皇之命
猶欲獲天下
有殺其弟皇子之情
竊設兵將攻
爾大雀命
聞其兄備兵
即遣使者
令告宇遲能和紀郎子
故聞驚
以兵伏河邊
亦其山之上
張絶垣立惟幕
詐以舎人爲王露坐呉床百官恭敬往來之状
既如王子之坐所而
更爲其兄王渡河之時
具餝舩檝者春佐那(此二字以音)
葛之根
取其汁滑而
塗其舩中之簀椅
設蹈應仆而
其王子者
服布衣褌
既爲賤人之形
執檝立舩
於是其兄王
隱伏兵士
衣中服鎧到於河邊
將乗舩時
望其嚴餝之處以
以爲弟王坐其呉床
都不知執檝而立舩
即問其執檝者曰
傳聞茲山有忿怒之大猪
吾欲取其猪
若獲其猪乎
爾執檝者
答曰不能也
亦問曰何由
答曰時時也往往也雖爲取而不得
是以白不能也
渡到河中之時
令傾其舩
隨入水中
爾乃浮出
隨水流下
即流歌曰
知波夜夫流
宇遲能和多理邇
佐袁斗理邇
波夜祁牟比登斯
和賀毛古邇許牟
於是伏隱河邊之兵
彼廂此廂一時共興
矢刺而流
故到訶和羅之前而沈入(訶和羅三字以音)
故以鈎探其沈處者
繁其衣中甲而
訶和羅鳴
故號其地謂訶和羅前也
爾掛出其骨之時
弟王歌曰
知波夜比登
宇遲能和多理邇
和多理是邇
多弖流
阿豆佐由美
麻由美
伊岐良牟登
許許呂波母閉杼
伊斗良牟登
許許呂波母閉杼
母登幣波
岐美袁淤母比傳
須惠幣波
伊毛袁淤母比傳
伊良那祁久
曾許爾淤母比傳
加那志祁久
許許爾淤母比傳
伊岐良受曾久流
阿豆佐由美
麻由美
故其大山守命之骨者
葬于那良山也
是大山守命者(土形君 幣岐君 榛原君等之祖)

 読み解きは来週に。                                    
                                     続く。
 web上では
 国立国会図書館 電子図書館蔵書古事記中下巻P68の1行目で
 確認可能ですので是非ご覧下さい。

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