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2014年9月 7日 (日)

呉服(くれはとり)西素さんって 484

 四方の海に守られ・育まれていた倭国(現在の日本国)に
 渡来された方々。
 この倭国の状況は非常に特殊で有り難い事。
 朝鮮半島・中国はユーラシア大陸の東に存在、
 (イギリス、グリニッジ天文台を基点として)
 このユーラシア大陸、基本的には陸続きで徒歩(かち)にて移動可能。
 従って、以前紹介した、「(北)魏書」 列伝 百済 に記載されている
 「臣(百済)と高句麗とは、源は夫余(ふよ)に出で」 にて
 百済・高句麗は出自はこれも以前紹介した
 「烏丸鮮卑東夷傳(伝)」 にある中国東北地方北部に活動した民族
 、夫余族に。
 因みに、この夫余族にしてもご先祖様はかの地に移住する前には
 かの地より北・南・西方面にお住いになっていたのでしょう。
 しかしながら、これを追及すると際限がなくなりますので中止。
 然(しか)るに、倭国に渡来された
 土木・鍛冶・機織り・醸造技師さんらも来日(倭)された
 時点でのお住まいがたまたま新羅・百済地区だっただけ。
 わたくしども ZIPANGU に関連する服地をお伝え下さった
 機織り技師職人、西素さん。
 呉服の読みは、呉(くれ)服(はたおり ⇒ はとり)。
 くれはとり ⇒ ゴフク(呉服)に。
 西素さんのご先祖様が 「呉」 の国で生活されていたか、或は、
 「呉」 の国から韓半島に移住してきた機織り技師職人さんに
 弟子入りし絹織物作りを習得された方が西素さん。
 又、呉にしても春秋時代なのか三国時代なのか???
 但し、地域は長江(揚子江)流域になる筈・・・・・。
 はたまた、西素さん自身、女性だったのか男性だったのか
 古事記表記では、知る由もございません。
 西素さんの織物がどの様な感じだったのか、興味津々ですが
 蚕が生み出す絹織物も、やがて自然に還ってしまうこと必定。
 故に見ることが叶わないのがちょぴり儚く寂しい思い。   続く。

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