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2014年6月 8日 (日)

御食津⇒気比 血浦⇒都奴賀・角鹿 473

 忍熊王軍団を粉砕した応神帝軍団。
 息長帯姫命(神功皇后)の参謀、建內宿祢(禰)命は
 この戦いの勝利を確信していたらしく?
 若狭国の越(高志〈こし〉)国手前の角鹿(つぬが)に仮宮を造作
 していたのです。(角鹿は現在の福井県敦賀市とされています。)
 建內宿祢(禰)命は戦勝後、太子(後の応神帝)を伴い彼の地で
 「禊(みそぎ)」 をしようと考えていたのです。
 (だまし討ち戦勝に対する負い目?)
 ここからの展開はやや、おとぎ話風のきらいがありますが、
 角鹿到着後に建內宿祢(禰)命は夢のお告げを賜ります。
 この地の神、伊奢沙和気(いざさわけ)大神之命が夢に現れ
 太子(後の応神帝)の名前を私の名前と取り替える事と明朝、
 太子に贈り物をするから角鹿浜へ散歩させる事とのお告げ。
 建內宿祢(禰)命は夢のお告げ通り、太子を角鹿浜へ。
 すると驚くことに、浜(「浦」)には数多くの
 「毀鼻入鹿魚」(鼻を失った「入鹿〈いるか〉魚」=海豚)が。
 太子は喜び、伊奢沙和気(いざさわけ)大神之命にお礼。
 ところでこの海豚(dolphin)はその昔、食糧とされていたのでしょう。
 否、現在でも食用とされているのです。
 この食用文化が2010年日本でも上映された映画で話題に。
 「和歌山県太地町」 の海豚漁を取り上げた映画、「ザ・コーヴ」。
 子細は 「イルカ漁等に対する和歌山県の見解」 で。
 そして、海豚をプレゼントされた大神之命は
 「御食津大神(みけつのおおかみ)」 と称され、
 古事記編纂時代では 「気比大神(けひのおおかみ)」 と。
 気比大神につきましては
 「氣比神宮」 の 「氣比神宮について」 でご確認を。
 御食(け)津大神は後に気(け)比大神に呼称変更された由縁は
 氣比神宮では語られていません。
 御食(け)津大神は 「津」 から海の幸を授ける神様らしい
 ネーミングですがなぜ気(け)比大神になったのか?
 確かに 「食」 すると(元)「気」 なること必定。
 しかし、そんな単純に命名変更されたとは思われませんが・・・・・。
 又、鼻をカットされ海豚は 「鼻血ブー」 ですから浜辺は血の海。
 そこから彼の地は 「血浦(ちうら)」 と云われ
 古事記撰上時代では 「都奴賀(つぬが)」 と。
 この変遷は親父ギャグでも無理筋では?
 しかしてこの都奴賀=角鹿は現在、福井県敦賀(つるが)市に。
                                             つづく。

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