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2014年5月 4日 (日)

神功皇后 新羅・百済と好を結ぶ 468

 古事記の展開では
 神功皇后・建內宿祢〈禰)一行は新羅・百濟(済)に進行し
 両国を平定。
 金銀お宝を求め、はるばる海を渡ったにも関わらず
 その金銀お宝には触れず仕舞い。
 なにやら新羅のリーダー(「國王」)はいとも簡単に神功皇后一行に
 平服、今後は毎年 「お土産(おみやげ)」 をお届けしますとの事。
 又、新羅のお隣、百済には 「定渡屯家」 と記されていますので
 百済のリーダー(「國王」)から幾分かの領地を頂戴した感じ。
 更に百済からの帰途、新羅に立ち寄り、
 おせっかいに思われますが新羅城門前に
 「墨江大神之荒御魂」(海神三神)ご加護のお裾分けと思われる
 分霊を祀り、奉納したとか。
 従って、
 金銀お宝は新羅・百済の方々との親好を深める事?だった。
 現在のような 「国民国家」 概念がない時代に於いては
 明確な領土・領海の境界観念が有るわけが無く
 その土地のリーダーの影響力が及ぶ範囲が 「國=国」 とされた
 のですから、案外、「親好を深める=よしみ(好)を結ぶ」 と考える
 事は当たっているのかも知れません。
 所詮、互いは経済行為 (市場取引) あっての利益(利得)追求。
 よしみ(好)を結ばない限り、円滑な市場取引は不可能です。
 昨今ではこれを 「経済的互恵関係」 と命名されています。
 互いの特産品を 「市場」 で交換し合い、利得を互いに甘受する事。
 これが市場経済の原点。
 飛行機なき時代、特産品輸送は水運・海運に限り、
 集積地(市場)は自ずと川近接地(水運)・港(海運)近郊となる筈。
 やがて、目利き・面倒見が良く、武力を兼ね備えた人物が
 リーダーとなりそのエリアを差配するようになるのでは。
 そのリーダーの呼称が
 頭・王・単于(ぜんう)・皇帝・天皇等々、カタカナでは
 アウグストゥス・ファラオ・キング・マハラジャ・スルタン・ハーン等々、
 各エリアにより異なるだけ。
 そんなこんなで、南韓半島の新羅・百済エリアのリーダーと
 よしみ(好)を結んだ神功皇后一行は彼らに別れを告げ、
 再度、住吉三神のお力添えを願い、その時代の海の玄関、筑紫へ
 帰還する事に相成るのです。                                 続く。

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