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2014年1月12日 (日)

阿豆麻波夜=吾妻⇒東 452

 明けましておめでとうございます。
 皆様におかれましては良い年を迎えられたましたでしょうか?
 今年も何卒、宜しくおん願い奉ります。

 それでは昨年からの続きです。
 倭建命は弟橘姫命の愛のお陰で無事房総半島に上陸を果たし
 更に北上。
 荒ぶる各地(東北地方の何処までかは不明)の豪族を悉く平定。
 (「悉言向荒夫琉蝦夷等 亦平和山河荒神等)」
 所期の目的を達し、踵(きびす)を変え一路大和へ。
 その途中、足柄の坂本に到り食事を取っている際、
 足柄山神の化身、「白鹿(はくろく)」 が出現。
 (はくしかと読んではいけません。それだと酒造メーカーに。)
 この白鹿は倭建命一行の足柄峠越えを拒んだのでしょう。
 すかさず倭建命は食べ残しの
 蒜(ひる=葱<ねぎ>・大蒜<にんにく>・野蒜<のびる>の総称)を
 白鹿に向けて投げつけると運良く白鹿の目に命中。
 足柄山神は敢え無く死に追いやられたと云う考えられない展開。
 「足柄神社」 の由緒ではこの白鹿は道先案内をした事になっています。
 遮る白鹿を退治し倭建命は登頂。
 彼の地で 「弟橘姫命」 を思い出したのでしょう。
 彼は東に向かい 「阿豆麻波夜(あずまはや=吾妻や⇒東)」 と。
 これが 「東=あずま」 の起源と。
 倭建命らは相模国を後にし、甲斐国の 「酒折宮」 に到着。
 そこで、余裕なのか徐(おもむろ)に歌を。
 
邇比婆理(にいはり=新治<常陸国>)
都久波袁須疑弖(つくばをすぎて=筑波を過ぎて) 
伊久用加泥都流(いくよかねつる=幾夜か寝つる)

 この質問に答えたお方は篝火を炊いていた(「御火燒」)老人。

迦賀那倍弖(かがなべて)
用邇波許許能用(よにはここのよ=夜には九夜)
比邇波登袁加袁(ひにはとをかを=日には十日)
                     
  この的確な返事に倭建命はこの老人を誉め東国造にしたとか。
 倭建命は更に甲斐国から科野国(信濃国)へ入りこの国のリーダー
 を説き伏せ平定。
 足早に倭建命は美夜受姫の住まう尾張国に。                    続く。

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