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2013年12月 8日 (日)

弟橘姫命の献身 451

 焼津を後にし、倭建命は更に東に歩を進めます。
 そして着いた所が 「走水海」。
 「倭建命 東国旅程考」 で触れました様に
 この走水海は今の横須賀との事です。
 ここから今の浦賀水道を渡り今の房総半島に上陸する算段。
 確かにこの地から房総半島は最短距離。
 武蔵国を蹴っ飛ばし安房・下総・上総国へ足を伸ばした事に。
 相模国のどちら様かが舟を用意し、倭建命軍団に
 今の横須賀⇒木更津・君津・富津の最短距離情報を提供した筈。
 そこで走水海からいざ舟(「舩」)を漕ぎ出すと
 どうも海神様のご機嫌が麗しくなかった感じで荒波に舟は翻弄され
 前へ進む事ができなかったのです。
 ここ迄はまあよくある出来事だと思うのですが、
 ここで突如、不可思議な展開になってしますのです。
 それは 「弟橘姫命(おとたちばなひめのみこと)」 の出現です。
 彼女は何やら倭建命の后(奥様)なんですって。
 「其后名弟橘姫命」
 あら嫌だ、彼って既婚者だったんですよ。
 何でまた、東征部隊に彼の奥様がいらっしゃるのでしょう?
 何やら、秀吉の小田原攻めを呈している感がしないでも・・・・・。
 とても余裕がある戦闘軍団に思いますが、
 それよりも倭建命のちゃっかり振り、
 尾張の美夜受姫にリーチをかけるし、東征部隊には奥様連れ。
 いやはや何ともミドルティーンにも関わらずおませなお方。
 ここからの展開も異な物。
 彼女は海神に身を捧げ、
 海を穏やかにし軍団を房総に赴かす振る舞いに。
 弟橘姫命は倭建命に
 「貴男は景行帝の命を無事お勤めし大和に凱旋下さい。」 と
 言い残し、海に入ります。
 その際、海の上には 「菅疊・皮疊」 と 「絁疊(絹の敷物)」 を
 たくさん敷き詰め、海神に身を任せます。
 この彼女の行為により、海は凪ぎ舟は房総に無事到着。
 後付で彼女の入水理由を歌で表現、

佐泥佐斯 (さねさし)
佐賀牟能袁怒邇 (さがむのおのに 相模の小野に)
毛由流肥能 (もゆるひの 燃ゆる火の)
本那迦邇多知弖 (ほなかにたちて 火中に立ちて)
斗比斯岐美波母 (とひしきみはも 問いし君はも)

 相模国造の火攻めに遭遇した際、
 「あなたは私の事を慮(おもんばか)りお声をかけてくださった。」
 愛の力って凄(すご)いものですね。
 彼女がお付けになっていた櫛が七日後に浜に打ち上げられ
 それを彼女の形見をし御陵を作られたとの事。         続く。

 今年もお世話になりました。忘年会で慌ただしい今日この頃、
 今年はこれでお仕舞い。
 来年も宜しくお願い申し上げ奉りまーす。
 皆様におかれまして良いお年をお迎え下さい。

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2013年12月 1日 (日)

旅ギフト役立ち焼津に 450

 倭建命をリーダーとする東夷平定軍団はいよいよ東国へ。
 伊勢国を後にし、尾張国に到着。
 尾張国には景行帝に対する抵抗勢力が存在しなかったのか
 スンナリ入国。
 更にいきなり不可思議な展開に。
 倭建命らは尾張の国造の祖先である
 美夜受姫(みやずひめ)の家を訪れます。
 この目的は倭建命が美夜受姫を娶ろうとする事。
 東国遠征の出発点で艶っぽいお話しになる事態が先ず不可解。
 西国遠征から日を置かず東国遠征に赴いた倭建命は
 これまでの古事記展開ではロー・ミドル・ティーンの筈では。
 この点は今は一先ず置いておきます。
 倭建命も皆様の手前(東征軍団)、さすがに気が引けたのか?
 東征後に婚姻する事にして尾張国に暇乞い。
 三河国、遠海国、駿河国に住まう豪族達は
 そんなに手強くなかったみたいですんなり平定できた感じ。
 更に東進すると相模(「相武」)国では
 彼らに敵対する豪族(「国造」)が出現。
 ここの国造は倭建命軍団を火攻めで焼き殺そうと企図。
 相模国造は言葉巧みに倭建命達を草繁る野原に誘い込み
 その野原に火をかけます。
 してやられた倭建命は即座に叔母様(倭姫命)の言葉を思い出し
 旅ギフトされた巾着袋「(囊)」の口紐を解(ほど)くと
 そこには何と火打石が。
 これ幸いと倭建命はもう一つの旅ギフト草那芸剣ですばやく
 生い茂る回りの草木を伐採、
 野積みにし巾着袋の火打石を取り出し火をつけます。
 火には火をで 「向火」 となり倭建命軍団は九死に一生、難を逃れ
 相模国造に反撃。
 この次はちょいと残虐ですが敵対陣営を殺傷し焼いてしまう展開。
 又、次もいけません追い打ちをかける様に
 何とも臭いオヤジギャグ。
 この地を 「焼津」 とか。                                      続く。

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