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2013年10月13日 (日)

小碓命(倭建命)の熊曾制圧物語 443

 小碓命(倭建命)による 「熊曾」 制圧物語。
 そこの古事記原文です。

於是天皇
惶其御子之建荒之情而
詔之
西方有熊曾建二人
是不伏旡禮人等
故取其人等而遣
當此之時
其御髮結額也
爾小碓命
給其姨倭比賣命之御衣御裳
以劒納于御懷而幸行
故到于熊曾建之家見者
於其家邊軍圍三重
作室以居
於是言動爲御室樂
設備食物
故遊行其傍
待其樂日
爾臨其樂日
如童女之髮梳垂其結御髮
服其姨之御衣御裳
既成童女之姿
交立女人之中
入坐其室内
爾熊曾建兄弟二人
見感其孃子
坐於己中而
盛樂
故臨其酣時
自懷出劒
取熊曾之衣衿
以劒自其胸刺通之時
其弟建
見畏逃出
乃追至其室之椅本
取其背皮
劒自尻刺通
爾其熊曾建白言
莫動其刀
僕有白言
爾暫許
押伏
於是白言
汝命者誰
爾詔吾者坐纒向之日代宮
所知大八嶋國
大帶日子淤斯呂和氣天皇之御子
名倭男具那王者也
意禮熊曾建二人
不伏無禮聞看而
取殺意禮詔而遣
爾其熊曾建白信然也
於西方除吾二人
無建強人
然於大倭國益吾二人而
建男者坐祁理
是以吾獻御名
自今以後應稱倭建御子
是事白訖
即如熟苽振折而
殺也故自其時稱御名
謂倭建命

然而還上之時
山神河神
及穴戸神
皆言向和而
參上
即入坐出雲國
欲殺其出雲建而
到即結友
故竊以赤檮
作詐刀
爲御佩
共沐肥河
爾倭建命
自河先上
取佩出雲建之解置横刀而
詔爲易刀
故後出雲建自河上而
佩倭建命之詐刀
於是倭建命
誂云伊奢合刀
爾各拔其刀之時
出雲建不得拔詐刀
即倭建命拔其刀而
打殺出雲建
爾御歌曰、
夜都米佐須 
伊豆毛多祁流賀 
波祁流多知 
都豆良佐波麻岐 
佐味那志爾阿波禮
故如此撥治
參上覆奏

 読み解きは来週に。                                         続く。

 web上では
 国立国会図書館 電子図書館蔵書古事記中下巻P42の4行目で
 確認可能ですので是非ご覧下さい。

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