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2013年10月 6日 (日)

荒振る小碓命(倭建命) 442

 大碓命は大胆不敵な性格をお持ちでなく
 十中八九、容姿麗美嬢の横取りを気が気でなかったでしょう。
 かの時代?、家族絆の端的表現である
 「家族はみんな一緒に食事」 をそれはそれは大事な感じ。
 その朝夕(二食)の食卓に気まずかったのか大碓命は不参加。
 大黒柱?の父、景行帝はそれを咎(とが)めます。
 しかし、事情を知り得る景行帝は直接、大碓命を叱責せず、
 大碓命の弟、小碓命に兄の食事参加要請を委ね命じます。
 それも 「泥疑教覚」 と。
 この 「泥疑」 の読みは不明、
 「教覚」 は教え、覚(さ)ませ・覚(諭〈さと〉)せと強烈。
 父の威厳?を保ち絆復活を小碓命に委ねたのですが
 その後、5日たっても大碓命は食卓に姿を表(あらわ)しません。
 訝(いぶか)った景行帝は小碓命に尋ねます。
 それに対する小碓命の答えは
 「もうとっくに教え、覚(さ)ませ・覚(諭〈さと〉)ました」 と。
 如何(いかに)したかとの問いには
 「朝、兄の大碓命が廁(かわや=トイレ)に入るところを待ち
  いきなり彼を捕らえ、押しつぶし、枝(手足)を引き折り、
  薦(コモ=菰)に裹(つつ=包)んで投げ棄てました」 と。
 小碓命は兄を殺害しないまでも何て手荒な振る舞いを・・・・・。
 この荒振る小碓命(倭建命=やまとたけるのみこと)の
 振る舞いはこの次の展開のイントロ。
 次なる内容をちょいと先出ししますと
 彼のお歳は何と弱冠(じゃっかん)も弱冠、ローティーンなのです。
 それも決して筋骨隆々のマッチョではなく 「優男(やさおとこ)」。
 若き玉三郎も嫉妬する?程の美男子。
 前振りはこの位で止めないと・・・・・。
 次回は小碓命(倭建命)の 「熊曾」 平定のお話しに。      続く。

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