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2013年8月 4日 (日)

失声症 本牟智和気 出雲大神の祟り 434

 ここからの展開は母を亡くした本牟智和気についてのお話し。
 先ずは古事記原文を。

故率遊其御子之状者
在於尾張之相津
二俣榲
作二俣小舟而
持上來以
浮倭之市師池
輕池
率遊其御子
然是御子
八拳鬚至于心前
眞事登波受(此三字以音)
故今聞高往鵠之音
始爲阿藝登比(自阿下四字以音)
爾遣山邊之大◯(此者人名) ◯は帝に鳥
令取其鳥
故是人
追尋其鵠
自木國到針間國
亦追越稲羽國即到旦波國多遲麻國
追廻東方
到近淡海國
乃越三野國
自尾張國傳以
追科野國遂追到高志國而
於和那美之水門張網取其鳥而
持上獻
故號其水門謂和那美之水門也
亦見其鳥者
於思物言而
如思爾勿言事
於是天皇患賜而
御寢之時覺于御夢曰
修理我宮
如天皇之御舍者
御子必眞事登波牟(自登下三字以音)
如此覺時
布斗摩邇邇占相而
求何神之心
爾祟
出雲大神之御心
故其御子
令拜其大神宮將遣之時
令副誰人者吉
爾曙立王食ト
故科曙立王
令宇氣比白(宇氣比三字以音)
因拜此大神
誠有驗者
住是鷺巣池之樹鷺乎
宇氣比落
如此詔之時
宇氣比其鷺墮地死
又詔之宇氣比活爾者
更活
又在甜白檮之前葉廣熊白檮
令宇氣比枯
亦令宇氣比生
爾名賜曙立王
謂倭者師木登美豐朝倉曙立王(登美二字以音)
即曙立王菟上王二王副其御子遣時
自那良戸
遇跛盲自大坂戸
亦遇跛盲
唯木戸是腋月之吉戸ト而
出行之時
毎到坐地
定品遲部也
故到於出雲
拜訖大神
還上之時肥河之中
作黒樔橋
仕奉假宮而坐
爾出雲國造之祖
名岐比佐都美
餝青葉山而
立其河下
將獻大御食之時
其御子詔言
是於河下
如青葉山者
見山非山
若坐出雲之石△之曾宮 △は石に向の上無し
葦原色許男大神以伊都玖之祝大廷乎
問賜也
爾所遣御伴王等
聞歡見喜而
御子者
坐檳榔之長穗宮而
貢上驛使
爾其御子
一宿婚肥長比賣
故竊伺其美人者蛇也
即見畏
遁逃
爾其肥長比賣患
光海原
自舩追來故
益見畏以
自山多和(此二字以音)
引越御舩逃上行也
於是覆奏言
因拜大神大御子物詔故
參上來
故天皇歡喜
即返菟上王
令造神宮
於是天皇
因其御子
定鳥取部鳥甘部品遲部
大湯坐若湯坐

 わたくしども ZIPANGU も夏休みをいただきます。
 従いまして読み解きは夏休み明けに。                        続く。

 web上では
 国立国会図書館 電子図書館蔵書古事記中下巻P34の16行目で
 確認可能ですので是非ご覧下さい。

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