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2013年7月28日 (日)

沙本姫命・彦命 稲城内で他界 433

 垂仁帝は沙本彦命を攻めあぐねていると月日が流れ
 沙本姫命は稲城内で男のお子さんをこの世に送り出すのです。
 彼女はその子を稲城の外に連れ出し垂仁帝軍に声明を。
 「この子は垂仁帝のご子息です。
 もし、垂仁帝がご承知下されば是非ともお育て下さいませ。」 と。
 このメッセージは即、垂仁帝に報告されます。
 垂仁帝は沙本彦命を怨んでいるだけですので、
 愛しい沙本姫命と我が子を彼の元から何とか奪還する企図を。
 垂仁帝軍中の 「力士(敏捷で豪腕の者)」 をチョイスし彼らに
 何が何でも
 1 髪の毛ごと引っ張る
 2 柔らかい手先から二の腕を掴む
 3 「衣」 を掴んでこちら側に引き込め
 と具体的にご指示をされた。
 しかしながら、沙本姫命は3年も連れ寄った故に 「彼の心根」 を
 いとも簡単に見抜き・読み解きます。
 彼女は1~3に対し
 A 女の命である長い髪の毛をカット、その髪を頭に緩めに乗せ
 B 玉アクセサリーをわざと腐らせ腕に丁寧にも三重巻にし
 C 纏う 「衣服」 はお酒に浸してぶよぶよ・ぼろぼろにして
 ご自分の奪還失敗作戦に及びます。
 彼女は稲城の外の我が子共々お出まし、垂仁帝軍の力士達を
 待ち受けする次第。
 それを知らない力士達はお子さんを確保できますが
 彼女の作戦が功を奏し沙本姫命を獲得する事能わずって状況。
 只、何が何でも彼女をゲットしたいのなら方法論はあった筈。
 力士達は瞬発力と力強さも持ち得ていても
 「賢さ」 はなかった感じ。
 彼女はお子様を彼らに差し出し躊躇せず
 兄の沙本彦命の元に取って返したのでしょう?
 ここには彼女の 「意志の強さ」 が伺えます。
 垂仁帝は情けない事にこの一回だけのトライで愛しい彼女を
 諦めます。
 二回目、三回目のプッシュ、アタックとしなかったのです。
 これでは 「女心」 は変容する訳がございません。
 「恋のゲーム」 は完全に垂仁帝の敗北。
 諦めの早い彼はあろう事か
 1 お二人のお子さんの命名
 2 お子さんの育児法
 3 次の彼女の用立て
 を沙本姫命に相談・依頼する始末。
 未練たらたらの垂仁帝、現代でも1、2は許せますが?
 3は 「勝手にしなさい」 でしょう?
 それでも奥床しい沙本姫命は彼の要請に応え
 A 「本牟智和気(ほむらわけ)」
 B 「大湯坐・若湯坐」 と云われた「乳母(めのと)」制度の提唱
 C 「旦波(丹波)」 に住まう兄姫(えひめ)・弟姫(おとひめ)紹介。
 そして、垂仁帝はあっさり彼女の提案に従うのです。
 やがて、より優しい兄、沙本彦命と運命を共にするのです。 続く。

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2013年7月21日 (日)

沙本姫命 兄と共に旅立ち 432

 愛(いと)しい沙本姫命を奪還しようとする垂仁帝。
 兄の沙本彦命の元を離れたくない彼女との攻防戦。
 そこの所の古事記原文です。

如此逗留之間
其所妊之御子
既産
故出其御子
置稲城外
令白天皇
若此御子矣
天皇之御子所思看者
可治賜
於是天皇
詔雖怨其兄
猶不得忍愛其后故
即有得后之心是以選聚軍士中
力士輕捷而宣者
取其御子之時
乃掠取其母王
或髮或手
當隨取獲而
掬以控出
爾其后豫知其情
悉剃其髮
以髮覆其頭
亦腐玉緖
三重纒手
且以酒腐御衣
如全衣服
如此設備而
抱其御子
刺出城外
爾其力士等
取其御子即握其御祖
爾握其御髮者
御髮自落
握其御手者
玉緖且絶
握其御衣者
御衣便破
是以取獲其御子
不得其御祖
故其軍士等
還來奏言
御髮自落
御衣易破
亦所纒御手玉緖
便絶故
不獲御祖
取得御子
爾天皇
悔恨而
惡作玉人等
皆奪其地
故諺曰
不得地玉作也
亦天皇
命詔其后言凡子名必母名
何稱是子之御名
爾答白
今當火燒稲城之時而
火中所生故
其御名宜稱本牟智和氣御子
又命詔何爲日足奉
答白取御母
定大湯坐若湯坐
宜日足奉
故隨其后白以
日足奉也
又問其后曰
汝所堅之美豆能小佩者誰解(美豆能三字以音也)
答白旦波比古多多須美智宇斯王之女
名兄比賣弟比賣茲二女王
淨公民故
宜使也
然遂殺其沙本比古王
其伊呂妹亦從也

 読み解きは来週に。                                          続く。

 web上では
 国立国会図書館 電子図書館蔵書の古事記中下巻P33の4行目で
 確認可能ですので是非ご覧下さい。

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2013年7月14日 (日)

垂仁帝と沙本姫命・沙本彦命 431

 垂仁帝(伊久米伊理彦伊佐知命)は10 崇神帝の四男
 彼の最初の奥様が佐波遅姫命(=沙本姫命)(沙本彦命之妹)
 彼女は崇神帝の弟、日子坐王のお嬢さん。
 彼女には沙本彦命と云うお兄さんが存在。
 この垂仁帝⇔沙本姫命・沙本彦命に纏わるお話しです。
 垂仁帝と沙本姫命・沙本彦命は従姉妹・従兄弟(いとこ)関係。
 沙本姫命・沙本彦命は妹と兄の関係。
 垂仁帝と沙本姫命は夫婦(をとめ)=女夫(めをと)関係。
 このお二人は 「いとこ婚」。
 「いとこ婚」 は日本では法律上全く問題がありません。
 絆が存在した共同体ではごく自然な婚姻。
 幼なじみ同士が 「連れ合い」 関係へ進展する事もごく・ごく自然。
 それでは上記を踏まえて切ない物語へ。
 沙本彦命はご自分も 「帝位」 につく事を望んだのでしょう?
 彼は妹、沙本姫命に
 「お前は俺と垂仁帝とではどちらが好きっ?」 とモーションを。
 この聞き方からさっするに
 沙本彦命はご自分に対し、妹が十二分に好意を持っている事実を
 知り得て・感じていたのです。
 まあ、彼は卑怯(女心を弄ぶ輩)と云われても仕方がないでしょう。
 沙本姫命は案の定、
 「それはっ、お兄さんの方がスキ!」 とのお返事。
 イケメン度は垂仁帝より沙本彦命が勝っていたのかも?
 沙本彦命の思い通りの展開ににすかさず彼女に
 「お前と二人で天下を治めよう。
  そこで『八鹽折之紐小刀(鋭利に研いだ紐付き小刀)』を授ける
  から垂仁帝の寝首を襲ってくれ。」 と諭す始末。
 そんな状況を露知らない垂仁帝はいつも様に沙本姫命の
 柔らかい膝(「もも」でしょう)を枕にすやすや夢見の桃源郷。
 この時代?にも 「膝枕お眠む」 があったとは驚き桃の木。
 沙本姫命は兄の指示通り垂仁帝を殺める行為に及びますが
 夫の垂仁帝に 「哀情(あわれみごころ)」 が湧き躊躇、
 思わず大粒の涙を落としてしまいます。
 夢心地の垂仁帝は違和を覚え現(うつつ)の世界に。
 沙本姫命を心から慕う垂仁帝は夢世界の出来事を彼女にご報告。
 「沙本(佐保=さほ)の方角から急にゲリラ豪雨が発生、
  そのお陰で私は 『面(顔)』」 を濡らしてしまったのよ。
  又、綺麗な錦色の小さな蛇が頸(首)に纏わりついたのさ。」 と。
 「なあ、お前これは一体何を物語っているのかしらん?」
 その夢見話を聞いた沙本姫命は素直にも
 この間の経緯を具(つぶさ)に垂仁帝に打ち明けたのです。
 すると垂仁帝は
 「とても危ない処だった。
  早速、お前の兄、沙本彦命のお命を頂戴しよう。」 と
 沙本彦命に軍を差し向けたのです。
 (沙本姫命がご自分をより好きって云ってくれなかった嫉妬???)
 一方、沙本彦命はこれを察知し 「稲城」 を作り待ち受け作戦に。
 当事者の沙本姫命は兄を心配し、軍より先に兄の元へ急行。
 只、彼女は身重だったのです。
 垂仁帝は彼女が兄に身を寄せた事実を知り、
 3年の間(あいだ)枕を共にした思いが過(よ)ぎり、
 沙本彦命軍を早急に殲滅できなくなってしまったのです。   続く。

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2013年7月 7日 (日)

沙本姫命 愛情表現の行方 430

 次に展開する物語は特異です。
 ある一人の女性の夫と兄弟(家)への愛情表現の行方。
 先ずはそこの古事記原文です。
 
此天皇
以沙本毘賣爲后之時
沙本毘賣命之兄
沙本毘古王問其伊呂妹曰
孰愛夫與兄歟
答曰愛兄
爾沙本毘古王謀曰
汝寔思愛我者
將吾與汝治天下而
即作八鹽折之紐小刀
授其妹曰
以此小刀
刺殺天皇之寢
故天皇不知其之謀而
枕其后之御膝
爲御寢坐也
爾其后以紐小刀
爲刺其天皇之御頸
三度擧而
不忍哀情不能刺頸而
泣涙
落溢於御面乃天皇驚起
問其后曰
吾見異夢
從沙本方
暴雨零來
急洽吾面
又錦色小蛇纒繞我頸
如此之夢
是有何表也
爾其后
以爲不應爭
即白天皇言
妾兄沙本毘古王
問妾曰
孰愛夫與兄
是不勝面問故
妾答曰愛兄歟
爾誂妾曰
吾與汝共治天下
故當殺天皇云而
作八鹽折之紐小刀
授妾
是以欲刺御頸
雖三度擧
哀情忽起不得刺頸而
泣涙落
洽於御面
必有是表焉
爾天皇
詔之吾殆見欺乎
乃興軍擊
沙本毘古王之時
其王作稲城以
待戰
此時沙本毘賣命
不得忍其兄
自後門逃出而
納其之稲城此時
其后妊身
於是天皇
不忍其后懷妊及愛重至于三年
故廻其軍
不急攻迫

 読み解きは来週に。                                          続く。

 web上では
 国立国会図書館 電子図書館蔵書古事記中下巻P31の11行目で
 確認可能ですので是非ご覧下さい。

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