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2013年2月10日 (日)

真福寺本 古事記がWEBで 409

 ところで、わたくしどもが参考にさせて頂いている
 「近代デジタルライブラリー 国立国会図書館」 に昨年8月
 真福寺本 古事記が加わりましたのでご確認下さい。
  (真福寺本は古事記の写本で一番古いものとされています。)
 因みに、神倭伊波礼毘古天皇(神武帝)137歳で崩御の箇所を
 見比べて下さい。
 既存の古事記
 真福寺本の古事記
 わたくしどもは今後も漢字表記が明瞭な既存の古事記を参考に
 致します。それでは、古事記原文の綏靖帝~開化帝まで一挙に。

〈2 綏靖帝〉
神沼河耳命
坐葛城高岡宮
治天下也
此天皇
娶師木縣主之祖
河俣毘賣
生御子
師木津日子玉手見命(一柱)
天皇
御年肆拾伍歳
御陵在衝田岡也

〈3 安寧帝〉
師木津日子玉手見命
坐片鹽浮穴宮
治天下也
此天皇
娶河俣毘賣之兄縣主殿延之女
阿久斗比賣
生御子
常根津日子伊呂泥命(自伊下三字以音)
次大倭日子鉏友命
次師木津日子命
此天皇之御子等
并三柱之中
大倭日子鉏友命 者
治天下也
次師木津日子命之子
二王坐
一子孫者(伊賀須知之稲置 那婆理之稲置 三野之稲置之祖)
一子
和知都美命者
坐淡道之御井宮
故此王
有二女
兄名蠅伊呂泥
亦名意富夜麻登久邇阿禮比賣命
弟名蠅伊呂杼也
天皇
御年肆拾玖歳
御陵在畝火山之美富登也

〈4 懿徳帝〉
大倭日子鉏友命
坐軽之境岡宮
治天下也
此天皇
娶師木縣主之祖
賦登麻和訶比賣命
亦名飯日比賣命
生御子
御眞津日子訶惠志泥命(自訶下四字以音)
次多藝志比古命(二柱)
故御眞津日子訶惠志泥命者
治天下也
次當藝志比古命者(血沼之別 多遲麻之竹別 葦井之稲置之祖)
天皇
御年肆拾伍歳
御陵在畝火山之眞名子谷上也

〈5 孝昭帝〉
御眞津日子訶惠志泥命
坐葛城掖上宮
治天下也
此天皇
娶尾張連之祖
奧津余曾之妹
名余曾多本毘賣命
生御子
天押帶日子命
次大倭帶日子國押人命(二柱)
故弟帶日子國忍人命者
治天下也
兄天押帶日子命者
(春日臣 大宅臣 粟田臣 小野臣 柿本臣 壹比韋臣 大坂臣 阿那臣
  多紀臣 羽栗臣 知多臣 牟邪臣 都怒山臣 伊勢飯高君 壹師君
  近淡海國造之祖也)
天皇
御年玖拾參歳
御陵在掖上博多山上也

〈6 孝安帝〉
大倭帶日子國押人命
坐葛城室之秋津嶋宮
治天下也
此天皇
娶 姪
忍鹿比賣命
生御子
大吉備諸進命
次大倭根子日子賦斗邇命(二柱自賦下三字以音)
故大倭根子日子賦斗邇命者
治天下也
天皇
御年壹佰貳拾參歳
御陵在玉手岡上也

〈7 孝霊帝〉
大倭根子日子賦斗邇命
坐黒田廬戸宮
治天下也
此天皇
娶十市縣主之祖大目之女
名細比賣命
生御子
大倭根子日子國玖琉命(一柱玖琉二字以音)
又娶春日之千千速眞若比賣
生御子
千千速比賣命(一柱)
又娶意富夜麻登玖邇阿禮比賣命
生御子
夜麻登登母母曾毘賣命
次日子刺肩別命
次比古伊佐勢理毘古命
亦名大吉備津日子命
次倭飛羽矢若屋比賣(四柱)
又娶其阿禮比賣命之弟
蠅伊呂杼
生御子
日子寤間命
次若日子建吉備津日子命(二柱)
此天皇之御子等
并八柱(男王五 女王三)
故大倭根子日子國玖琉命者
治天下也
大吉備津日子命與若建吉備津日子命
二柱相副而於針間氷河之前
居忌瓮而針間爲道口以
言向和吉備國也
故此大吉備津日子命者(吉備上道臣之祖也)
次若日子建吉備津日子命者(吉備下道臣 笠臣祖)
次日子寤間命者(針間牛鹿臣之祖也)
次日子刺肩別命者
(高志之利波臣 豐國之國前臣 五百原君 角鹿海直之祖也)
天皇
御年壹佰陸歳
御陵在片岡馬坂上也

〈8 孝元帝〉
大倭根子日子國玖琉命
坐軽之堺原宮
治天下也
此天皇
娶穗積臣等之祖内色許男命(色許二字以音下效此)
妹 内色許賣命
生御子
大毘古命
次少名日子建猪心命
次若倭根子日子大毘毘命(三柱)
又娶内色許男命之女
伊賀迦色許賣命
生御子
比古布都押之信命(自比至都以音)
又娶河内青玉之女
名波邇夜須毘賣
生御子
建波邇夜須毘古命(一柱)
此天皇之御子等
并五柱
故若倭根子日子大毘毘命者
治天下也
其兄大毘古命之子
建沼河別命者(阿倍臣等之祖)
次比古伊那許志別命(自比至志六字以音 此者膳臣之祖也)
比古布都押之信命
娶尾張連等之祖
意富那毘之妹
葛城之高千那毘賣(那毘二字以音)
生子
味師内宿祢(此者山代内臣之祖也)
又娶木國造之祖宇豆比古之妹
山下影日賣
生子
建内宿祢(禰)
此建内宿祢之子并九(男七女二)
波多八代宿祢者
(波多臣 林臣 波美臣 星川臣 淡海臣 長谷部君之祖也)
次許勢小柄宿祢者(許勢臣 雀部臣 軽部臣之祖也)
次蘇賀石河宿祢者
(蘇我臣 川邊臣 田中臣 高向臣 小治田臣 櫻井臣
岸田臣等之祖也)
次平群都久宿祢者(平群臣 佐和良臣 馬御樴連等祖也)
次木角宿祢者(木臣 都奴臣 坂本臣之祖)
次久米能摩伊刀比賣
次怒能伊呂比賣
次葛城長江曾都毘古者(玉手臣 的臣 生江臣 阿藝那臣等之祖也)
又若子宿祢(江野財臣之祖)
此天皇
御年伍拾漆歳
御陵在劒池之中岡上也

〈9 開化帝〉
若倭根子日子大毘毘命
坐春日之伊邪河宮
治天下也
此天皇
娶且波之大縣主名由碁理之女
竹野比賣
生御子
比古由牟須美命(一柱 此王名以音)
又娶庶母伊迦賀色許賣命
生御子
御眞木入日子印惠命(印惠二字以音)
次御眞津比賣命(二柱)
又娶丸邇臣之祖
日子國意祁都命之妹
意祁都比賣命(意祁都三字以音)
生御子
日子坐王(一柱)
又娶葛城之垂見宿祢之女
鸇比賣
生御子
建豐波豆羅和氣王(一柱 自波下五字以音)
此天皇之御子等
并五柱(男王四 女王一)
故御眞木入日子印惠命者
治天下也
其兄比古由牟須美王之子
大筒木垂根王
次讃岐垂根王(二王 讃岐二字以音)
此二王之女五柱坐也
次日子坐王
娶山代之荏名津比賣
亦名苅幡戸辨(此一字以音)
生子
大俣王
次小俣王
次志夫美宿祢王(三柱)
又娶春日建國勝戸賣之女
名沙本之大闇見戸賣
生子
沙本毘古王
次袁邪本王
次沙本毘賣命
亦名佐波遲比賣
(此沙本毘賣命者 爲伊久米天皇之后
  自沙本毘古以下三王名皆以音)
次室毘古王(四柱)
又娶近淡海之御上祝以伊都玖(此三字以音)
天之御影神之女
息長水依比賣
生子
丹波比古多多須美知能宇斯王(此王名以音)
次水之穗眞若王
次神大根王
亦名八瓜入日子王
次水穗五百依比賣
次御井津比賣(五柱)
又娶其母弟袁祁都比賣命
生子
山代之大筒木眞若王
次比古意須王
次伊理泥王(三柱 此二王名以音)
凡日子坐王之子
并十一王
故兄大俣王之子
曙立王
次菟上王(二柱)
此曙立王者(伊勢之品遲部君 伊勢之佐那造之祖)
菟上王者(比賣陀君之祖)
次小俣王者(當麻勾君之祖)
次志夫美宿祢王者(佐佐君之祖也)
次沙本毘古王者(日下部連 甲斐國造之祖)
次袁邪本王者(葛野之別 近淡海蚊野之別祖也)
次室毘古王者(若狹之耳別之祖)
其美知能宇志王
娶丹波之河上之摩須郎女
生子
比婆須比賣命
次眞砥野比賣命
次弟比賣命
次朝廷別王(四柱)
此朝廷別王者(三川之穗別之祖)
此美知能宇斯王之弟
水穗眞若王者(近淡海之安直之祖)
次神大根王者(三野國之 本巣國造 長幡部連之祖)
次山代之大筒木眞若王
娶同母弟伊理泥王之女
丹波能阿治佐波毘賣
生子
迦邇米雷王(迦邇米三字以音)
此王娶丹波之遠津臣之女
名高材比賣
生子
息長宿祢王
此王娶葛城之高額比賣
生子
息長帶比賣命
次虚空津比賣命
次息長日子王(三柱 此王者 吉備品遲君 針間阿宗君之祖)
又息長宿禰王娶河俣稻依毘賣
生子
大多牟坂王(多牟二字以音 此者多遲摩國造之祖也)
上所謂建豐波豆羅和氣王者
(道守臣 忍海部造 御名部造 稻羽忍海部 丹波之竹野別
  依網之阿毘古等之祖也)
天皇
御年陸拾參歳
御陵在伊邪河之坂上也

 たいへんお疲れ様でした。ちょいと長過ぎたかしら
 只、8世代の帝の分量ですからそれ程でも?
 読み解きは来週に。
                             続く。

 web上では
 国立国会図書館 電子図書館蔵書古事記中下巻P14の9行目で
 確認可能ですので是非ご覧下さい。

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