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2013年1月27日 (日)

古事記中巻より天皇表記が多発 407

 今回は今まで触れなかった 「天皇」 表記について。
 天皇の読みは 「すめみまのみこと」 「すめらみこと」。

 「すめみま」=皇孫・天孫、
 天照大御神(天照大神)の孫=邇邇芸命、
 そして、天照大御神の子孫達。

 「すめらみこと」=皇尊・天皇、で天皇の敬称
 とされています。
 
 そして、この 「天皇」 と記載されている箇所。
 古事記上巻で出現する は一箇所のみ。
 その箇所は木花之佐久夜姫と邇邇芸命が登場する所。
 「天皇命等之御命不長也」
 この天皇に当たるのが邇邇芸命(ににぎのみこと)。
 当に、天孫・皇孫(天照大御神のお孫さん)。
 しかし、古事記中巻に入るや否や
 伊須気余理姫と神倭伊波礼彦(神武帝)が登場する場面から
 「天皇」 表記が続出するのです。
 神倭伊波礼彦(神武帝)は邇邇芸命の曾孫(ひまご)=四世。
 それでは抽出してみます。

 爾大久米命見其伊須氣余理比賣而以歌白於天皇曰

 乃天皇見其媛女等而
 以天皇之命
 天皇幸行其伊須氣余理比賣之
 天皇御歌曰

 次に綏靖帝の誕生秘話に於いて

 故天皇崩後
 凡此神倭伊波禮毘古天皇

 上記の天皇はすべて神倭伊波礼彦(神武帝)に当たります。
 何と、計六箇所も出現しているのですよ。
 これには何やら 「意図」 を感じざるを得ませんよね?
 この事が神倭伊波礼彦=初代天皇とされる由縁なのかしら
 いつもわたくしどもは神倭伊波礼彦(神武帝)と記していますが
 この神武帝(天皇)の 「神武」 は諡号(しごう)。
 古事記撰上(712年)後に淡海三船(722~785)が
 神倭伊波礼彦らに漢語風の諡(贈り名)を撰定した云われる名称。
 古事記原文ではこの後、天皇表記が続出。
 神沼河耳命(綏靖帝) 2代 から
 豊御食炊屋姫命(推古帝) 33代 迄
 殆どの帝が 「此天皇」 と紹介・記述されているのです。
 
 因みに古事記 「上巻并序(序文)」 での 「天皇」 表記は
 
 神倭天皇(=神武帝)
 飛鳥淸原大宮御大八洲天皇御世(=*)
 天皇詔之(=*)
 神倭伊波礼毘古天皇(=神武帝)

 と四箇所、記されています。
 *の飛鳥淸原大宮御大八洲天皇は 「天武帝」 とされています。
                              続く

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