空飛ぶ鯨と釣った魚は 391
兄を裏切った弟宇迦斯、しっかり神倭伊波礼彦(神武帝)一行に
手厚い饗応、おもてなし。
日向を発って東に遠征した神倭伊波礼彦(神武帝)軍団が
長い年月を経て
やっと初勝利した事に対する一行の歓喜な時空間。
そこで思わず 「歌」 が読まれる情況に。
宇陀能 多加紀爾 (うだの たかきに) 「宇陀の高い屋敷に」
志藝和那波留 (しぎわなはる) 「鴫をとる罠をかけた」
和賀麻都夜 (わがまつや) 「わたしの待っている」
志藝波佐夜良受 (しぎはさやらず) 「鴫は来ないで」
伊須久波斯 (いすくはし) 「大きく立派な」
久治良佐夜流 (くじらさやる) 「鯨がかかった」
古那美賀 (こなみが) 「古い妻が」
那許波佐婆 (なこそさば) 「ご馳走が欲しいといったなら」
多知曾婆能 (たちそばの) 「立柧梭のように」
微能那祁久袁 (みのなけくを) 「実の少ないところを」
許紀志斐惠泥 (こきしひゑね) 「たくさん削ってやろう」
宇波那理賀 (うはなりが) 「若い妻が」
那許波佐婆 (なこはさば) 「ご馳走が欲しいといったなら」
伊知佐加紀微能 (いちさかきの) 「いちさかき(木偏に令)のように」
意冨祁久袁 (みのおおけくを) 「実の多いところを」
許紀陀斐惠泥 (こきだひゑね) 「たくさん削ってやろう」
疊疊(音引) (ええー) 「ええい」
志夜胡志夜 (しやごしや) 「糞くらえ」
此者伊碁能布曾(此五字以音) (こはいのごふぞ)
「これは怒りの言葉だ」
阿阿(音引) (ああー) 「ああ」
志夜胡志夜 (しやごしや) 「糞くらえ」
此者嘲咲者也 (こはあざわらふぞ) 「これは嘲笑うのだ」
()と「」内は 「神々の流竄 梅原猛著作集8 集英社 p436~437」。
この歌は全く以て、ちんぷんかんぷん。
最初 「宇陀の高い屋敷に鴫をとる罠をかけた。」
その罠に 「鴫は来ないで 鯨がかかった。」
宇陀の血原地区で初勝利を受けての歌だから
兄宇迦斯が神倭伊波礼彦(神武帝)を捕らえようと絡繰舘を作り
虎視眈々を待っていたのだが神武帝(鴫)は現れず、
その罠(絡繰)に自分自身(鯨)が填(はま)ってしまった。
と考えれば良いのかしらん?
しかしながら、古事記作家のポエム(poem)にはビックリ。
紀伊半島を回遊する鯨を 「空飛ぶ鯨」 にする感性。
とっても素敵っ!
その次の記述は
熟女と乙女に対する男性の対応態度の真実性?
熟女には少食の薦め、一方乙女には多食の強要。
「釣った魚には・・・・・。」 論理の貫徹。
ほんと、情けない発想そ・の・も・の。
只、古事記原作者がわざわざ文字表現として残したのですから
ここは熟女の健康を考えての物云いではと・・・・・。
ほんと、ハラボテ熟女はいけませんものね。
「志夜胡志夜」 は何ともいやはや。
但し、この歌全体を鑑みるとやはり読み解けなくて降参。
最後に兄と絆を断った弟宇迦斯は宇陀水取等の祖先と。
水取(もいとり・もひとり)は
飲み水、粥(かゆ)・氷室(ひむろ)を管理する方々の事。 続く。
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