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2012年5月 6日 (日)

豊玉姫命のお産にあたり 372

 綿津見神(海神)の思惑通りお嬢さんの豊玉姫命に
 目出度く、火遠理命=山幸彦との愛の結晶が成就。
 表向きには綿津見神(海神)の宮殿に火遠理命=山幸彦は
 三年も滞在したと記載されていますので
 もしこの期間が正しいとすると長ーい事、お二人はお子さんに
 恵まれなかった事になります。
 この時代、ネットライフ等のその筋から与えられた 「遊び道具」 が
 きっと有りませんので若いお二人にとって
 夜の帳が下りてからのお楽しみは言わずもがなのコンコンチキ。
 ってな野暮は云わず、豊玉姫命はご懐妊。
 やがて臨月を迎え、
 念には念をで火遠理命=山幸彦に彼のお子さんと認知させる為
 綿津見神(海神)の助言で?豊玉姫命はわざわざ
 火遠理命=山幸彦が住まう所へ赴きます。
 彼に会うや否や
 「わたくしはあなたの子供を身籠もりました。
  程なく生まれるお日柄です。
  しかして、貴男の子供をわたくしの所で産むのは如何なものかと
  思い、貴男の所へ参りました。」 と。
 火遠理命=山幸彦はどう思ったのかの記述はありませんが
 「産屋」 を波打ちぎわ(波限=渚)に造る算段になりますので
 彼は嬉しく思ったに違い有りません。
 その産屋の屋根を水鳥(鵜)の羽根で葺いたのですから
 なかなかオシャレな感じでは?
 しかしこれって時間がかかりそう! 
 だって臨月を迎えているのに大丈夫かしら?と思いきや、
 案の定、下腹が堪えられない程痛くなり完成前の産屋に
 駆け込む始末。
 豊玉姫命はお産にあたり、火遠理命=山幸彦に、
 「わたしくしは、私達(海人)の風習に則り貴男の子を産見ますので
 お願いだからわたくしの姿態をご覧にならない様に」 と告げます。
 現代の日本に於いて産屋は大概 「産婦人科病院」 になります。
 そして、旦那様の立ち会い出産も日常のようです?
 産屋が病院になる以前はご自宅が産屋だったとか。
 自宅に産婆(助産婦)(大概は女性)さんが来られ、
 赤ちゃんの取り上げを手伝って下さったとの事です。
 更に歴史を遡ると
 どうしても大なり小なり出産に伴い出血を見ます。
 女性の出血はこればかりではなく日常的に
 「月に一度」 訪れます。
 故に女性は 「赤い血液」 とはお友達。
 しかしながら
 この特権(大変さ)を持ち得ない男性にとって 「赤い血」 は
 それはそれは死を予感させ、恐れおののく存在でした?
 従いまして、男性陣に取りましては忌み嫌う 「不浄」 なものと
 浅はかにも長期間考えられていたのです。
 上の理由で産屋はご自分の暮らす空間ではなく
 海辺・川辺・村境など人里離れた所に産小屋として設置され
 女性はそこで出産をしていた模様です。
 更に更にそれ以前、
 血液は不浄なモノと云う概念が有りませんので
 何時でも・何処でも・誰とでも?
 出産は自然な出来事だったとの事。
 されば、古事記では 「神代の時代」 でも飛鳥奈良時代を演繹して
 産屋(産殿)を設定していますので 「血液は不浄時代」。
 古事記に戻って、
 豊玉姫命に 「見ないで!」 とお願いされた火遠理命=山幸彦。
 秘匿されると
 何が何でも見てみたくなるのが浅はかな男性の性(さが)。
 火遠理命=山幸彦もこちら側に属する情けない男性で
 嫌(いや)らしくも、彼女の出産シーンを覗き見してしまうのです。
 この 「駄目って」 云われたにも関わらず掟破りをする男性が
 以前にも登場しています。
 そのお方は伊邪那岐命。
 そちらは 「土に還る伊邪那美命の姿」 で。
 又、産屋の描写は 「木花之佐久夜姫、三人の男子を出産」 でも。
 豊玉姫命の出産体位 (海人の出産風習) は
 如何ばかりであったかは不明ですが、
 きっと以て高天原一族文化・風習とは異なっていたのでしょう。
 覗き見に及んだ火遠理命=山幸彦は不甲斐なくも
 初めての体験シーンに恐れをなして逃げ出す顛末に。
 豊玉姫命は無事出産を終えた後に助産をしてくれた女性達に
 火遠理命=山幸彦の挙動を聞き及び、羞恥を覚えます。
 そして彼女は彼に訴えます。
 「私は貴男の元に通い婚をしようと考えていましたが
  貴男は私の願いを聞き入れずお産の姿をご覧になり
  私はとても気恥ずかしい思いをしました。」 と。
 訴えるや否や彼女は
 綿津見神国への海路を分からない様にしながら帰国の途に。
 こんな事情で彼女の産んだお子さんの名前は
 天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命
 (あまつひこひこ なぎさたけうがやふきあえずのみこと) と。
 水鳥の羽根で葺いた屋根付き産屋完成前に生まれた子と。
 又、念の押す様に古事記原作者は、
 波限=那藝佐(なぎさ)、葺草=加夜(かや)と読んでとの事。
                                                                 続く。

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