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2012年4月29日 (日)

豊玉姫命のお産 古事記原文 371

 今回は豊玉姫命と火遠理命=山幸彦とのお子さん誕生シーン。
 火遠理命=山幸彦の情けない振る舞いにトラブル発生。
 取り急ぎ、そこの古事記原文から。

於是海神之女
豐玉毘賣命
自參出白之
妾已妊身
今臨産時
此念
天神之御子
不可生海原
故參出到也
爾即於其海邊波限
以鵜羽爲葺草
造産殿
於是其産殿未葺合
不忍御腹之急故
入坐産殿
爾將方産之時
白其日子言
凡佗國人者
臨産時
以本國之形産生
故妾今以本身
爲産
願勿見妾
於是思奇其言
竊伺其方産者
化八尋和邇而匍匐委蛇
即見驚畏而
遁退
爾豐玉毘賣命
知其伺見之事
以爲心耻
乃生置其御子而
白妾恒通海道
欲往來然
伺見吾形是甚◎之  ◎は作の人偏が立心偏
即塞海坂而返入
是以名其所産之御子
謂天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命
(訓波限云那藝佐 訓葺草云加夜)

 来週読み解く事に。 乞うご期待。                            続く。

 web上では
 国立国会図書館 電子図書館蔵書の古事記上巻P67の6行目で
 確認可能ですので是非ご覧下さい。

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2012年4月22日 (日)

和邇魚は海人の暗(隠)喩では 370

 火遠理命=山幸彦の帰郷にあたり
 綿津見神(海神)は 「和邇魚」 を悉く呼び寄せます。
 綿津見神(海神)の命に従う 「和邇魚」 ですから
 彼ら・彼女らは当然、海人 (海を生活の糧にしていた人々) に。
 和邇の読みは 「わに」。
 「わに」 を鰐鮫(わにざめ)・鱶(ふか)としてしまうのはいけません。
 お魚さんの背に乗っての海上移動はファンタジー世界か水族館。
 古代豪族で 「和邇(爾・珥)氏」 が存在。
 この氏族のお嬢さん達が
 「大王(おおきみ)家」 に数多嫁いだと云われています。
 お堅い言葉では 「姻戚関係」 を結んだとされています。
 豊玉姫命はいっと最初のお方になるのかしら
 それは置いといて、
 あの万葉歌人、柿本人麻呂もこの氏族の末裔との事。
 小学生・中学生の教科書でもお取り上げの歌(昨今は?)、

 東 野炎 立所見而
 反見為者 月西渡

 ひむがしの 野にかげろひの 立つ見えて
 かへり見すれば 月かたぶきぬ

 と詠まれているそれはそれはメジャーな一句。
 情景から察して人麻呂の 「きぬぎぬ(衣々・後朝)」 の歌
 かと思いしやそうではない解釈をされています。
 そちらに興味をお持ちの方は 「ココロ・ニ・マド・ヲ 万葉集」 で。
 古事記に戻って、
 海人(漁師)さんですから当然海に出る舟をお持ちの筈。
 舟のエンジンは人力、及び、自然(風と潮流)と思われますので
 櫓を操る事に長けた方が火遠理命=山幸彦を送り返す役に。
 無事に送り届けた漁師さんは火遠理命=山幸彦から
 「紐小刀」 の贈り物を。
 その漁師さんは 「佐比持神(さひもちのかみ)」 に。
 昔は紐付き小刀を 「さひ」 と表現していた感じ。
 この後、火遠理命=山幸彦は津見神(海神)の指示通りに
 事を運び、
 やがて、
 火照命=海幸彦は窮地に陥り火遠理命=山幸彦に降参。
 敢え無く、
 火照命=海幸彦は火遠理命=山幸彦の配下になる羽目に。
 ここの所は良く理解できません。
 事の発端は火遠理命=山幸彦が
 火照命=海幸彦の釣り針 (生活の為の道具) を無くした事の筈。
 にも関わらず、咎められたのは火照命=海幸彦。
 これには合点が行きません。
 又、火遠理命=山幸彦の非道な行為を親御さんの
 木花之佐久夜姫と邇邇藝命も何故諫めなかったのでしょうか?
 これって相手の立場を全く無視しご自分の利益のみを追求する
 肉食系の山幸彦が世界を征すって事なのかしら
 更に、海人(漁師)の長 (おさ)、綿津見神(海神)が
 魚食系の海幸彦を陥れる事になぜ荷担したのでしょうか?
 綿津見神(海神)はやがて肉食系軍団に駆逐される事を俯瞰し
 お嬢さんの豊玉姫命を輿入れする事で海民軍団の血脈継続を
 図ったのやも知れません。
 真相は深ーい海の中・・・・・。                              続く。

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2012年4月15日 (日)

和邇魚に乗る火遠理命=山幸彦 古事記原文 369

 火遠理命=山幸彦は綿津見神に 「塩盈珠」 と 「塩乾珠」 の
 お土産を貰い、更に海神宮から故郷に至急帰れる高速舟まで
 調達して頂く、手厚いおもてなしに恵まれます。
 その高速舟は 「和邇魚」。
 和邇魚は大概、鮫(さめ)・鱶(ふか)と訳されています。
 取り急ぎ、そこの古事記原文から。

即悉召集和邇魚問曰
今天津日高之御子
虚空津日高
爲將出幸上國
誰者幾日送奉而覆奏
故各
隨己身之尋長
限日而白之中
一尋和邇白
僕者一日送
即還來
故爾告其一尋和邇
然者汝送奉
若渡海中時
無令惶畏
即載其和邇頸
送出
故如期
一日之内
送奉也
其和邇將返之時
解所佩之紐小刀
著其頸而返
故其一尋和邇者
於今謂佐比持神也
是以備如海神之教言
與其鉤
故自爾以後
稍兪貧
更起荒心
迫來
將攻之時
出鹽盈珠而令溺
其愁請隅者
出鹽乾珠而救
如此令惚苦之時
稽首白
僕者自今以後
爲汝命之晝夜守護人而仕奉
故至今
其溺時之種種之態
不絶仕奉也

 来週読み解く事に。 乞うご期待。                            続く。

 web上では
 国立国会図書館 電子図書館蔵書の古事記上巻P66の6行目で
 確認可能ですので是非ご覧下さい。

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2012年4月 8日 (日)

玉手箱でなく塩盈珠・塩乾珠の贈り物 368

 とても失礼な仕草と思うのですが、
 火遠理命=山幸彦は至れり尽くせりの豊玉姫命の目の前で
 あからさまな大きな溜息をつくのです。
 それも何て事か 「夜」 にです。
 豊玉姫命は 「もはや、わたくしに飽きてしまった」 のかしら
 と思ったかどうかは知り得ませんが、彼に、
 「三年もの月日貴男とご一緒しましたが、
  今日は一体どうされたのですか?」 と心配の余り思わず
 お聞きになったのです。
 さすが憚ったのか、踏ん切りが悪かったのか
 彼女にその夜は口を開かなかった火遠理命=山幸彦。
 純な?豊玉姫命は一睡もしなかったのではないかと。
 もんもんと父、綿津見神の目覚めを待ち続ける長い時間。
 明けぬ夜はない如く、やがて父親がお目覚め。
 今か今かと待ち望んでいた彼女は一目散に父親のもとに。
 経緯を聞いた綿津見神はこれは一族の一大事と
 父親らしく極力感情を抑え、火遠理命=山幸彦に
 溜息事情とここに来られた経緯をお聞きになるのです。
 冷静沈着に問われた火遠理命=山幸彦は
 「失いし鉤(釣り針)」 と 「塩椎神の助言」 を披瀝。
 綿津見神(海神)の宮に来られたいきさつを聞き、
 お嬢さんの豊玉姫命に愛想が尽きた訳でない事を
 察した綿津見神は即、「失った鉤の探索」 に着手。
 大海原に住まうありとあらゆるお魚さん達を呼び寄せ
 「『失われた鉤』 の行方を知るものをおるか?」 と質問。
 すると殆どのお魚さん達はその行方を知っている始末。
 「その鉤」 は 昨今食が進まない 「赤海鯛魚」 の喉にと。
 早速、綿津見神は 「赤海鯛魚」 から 「鉤」 を抜き洗浄。
 「赤海鯛魚」 も大助かり。
 そして釣り針を火遠理命=山幸彦にお渡しになる際、
 訓誨(くんかい)=諭し教えます。
 「この釣り針を貴男のお兄さん、火照命=海幸彦にお返しになる時
  『この釣り針は淤煩鉤・須須鉤・悍鉤・宇流鉤』 と
  後ろ向きの状態でおっしゃりなさい。」 と。
 更に続けて
 「火照命=海幸彦が高台に田圃を造成したら、
   貴男は低地にお造りなさい。又、逆も真なり。
  そうしたら、わたくしは水を掌握していますので
  三年もしたら貴男のお兄さんは困窮します。
  そうしてお兄さんが所得格差を恨み、
  貴男の米蔵破りに戦いを挑んできた際は」
  『塩盈珠(しおみつたま)』 をお出しになりお兄さんを溺れさせ
 許しを請うたら
 『塩乾珠(しおふるたま)』 を使い、助けておやりなさい。
 この様にしてせいぜいお兄さんを苦しめて上げるのです。」 と。
 かくして、綿津見神は火遠理命=山幸彦に
 「塩盈珠」 と 「塩乾珠」 を贈り物として授ける事に。
 こんな感じになると思うのですが、甚だ疑問が生じます。
 火遠理命=山幸彦が綿津見神(海神)の宮にいらした
 古事記の字面、三年間で玉手箱の力なのか?豊葦原中国は
 狩猟採集時代(縄文時代)から水稲耕作時代(弥生時代)に
 なぜか変貌を遂げているのです。
 「塩盈珠」 ならぬ 「時盈珠」 をお出しになったのかしら
 それはそれは 「おっ珠げっ」 てな感じに・・・・・。            続く。

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2012年4月 1日 (日)

夢覚ます山幸彦 古事記原文 367

 安楽で甘美な時空は誰しも長く浸っていたいもの。
 しかしながら 「いつもまでも有ると思うな親と金」 ではないですが
 吝か、お金が続いても、やがて 「飽きが来る」 事も否めません。
 火遠理命=山幸彦も夢から覚め
 綿津見神(海神)の宮に訪れた経緯を思い出します。
 そこを描写した古事記原文です。

於是火蘚理命
思其初事而
大一歎                   
故豐玉豐賣命
聞其歎以
白其父言
三年雖住
恒無歎
今夜爲大一歎
若有何由
故其父大神
問其聟夫曰
今旦聞我女之語云
三年雖坐
恒無歎
今夜爲大歎
若有由哉
亦到此間之由奈何
爾語其大神
備如其兄罰失鉤之状
是以海神
悉召集海之大小魚問曰
若有取此鉤魚乎
故諸魚白之
頃者赤海鯛魚        鯛は魚偏に即
於喉◎              ◎は魚偏に更
物不得食愁言故
必是取
於是探赤海鯛魚之喉者
有鉤
即取出而
清洗奉火蘚理命之時
其綿津見大神
誨曰之
以此鉤
給其兄時
言状者
此鉤者
淤煩鉤
須須鉤
貧鉤
宇流鉤云而
於後手賜 (淤煩及須須亦宇流六字以音)
然而其兄作
高田者
汝命
營下田
其兄作下田者
汝命
營高田
爲然者
吾掌水故
三年之間
必其兄
貧窮
若恨怨其爲然之事而
攻戰者
出鹽盈珠而

若其愁請者
出鹽乾珠而活
如此令惚苦云
授鹽盈珠鹽乾珠并兩箇

 来週読み解きます。 乞うご期待。                           続く。

 web上では
 国立国会図書館 電子図書館蔵書の古事記上巻P65の2行目で
 確認可能ですので是非ご覧下さい。

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