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2012年1月22日 (日)

木花之佐久夜姫と石長姫 357

 大山津見神の大きな心の計らいを受けた邇邇藝命、
 しかしながら訪れた木花之佐久夜姫のお姉さん、石長姫を
 どうもお気に召さず、
 彼女を大山津見神の許(もと)に返してしまう始末。
 お気に召さなかった訳はと云えば、古事記表現では 「甚凶醜」 と。
 この 「凶」、(作物の出来・縁起・運など) が悪い意味。
 どうもこの邇邇藝命は了見が狭く、今日しか目に入らないお方?
 お正月気分も抜けた頃合いですが、(大)凶は 「おみくじ」 なら
 現状は最悪だけどこれ以上は悪くなる事はなく、
 明日への希望が開けるなかなか良い 「くじ」 に。
 又、「醜(しこ)」、これは強く頑丈な意味。
 麗しい木花之佐久夜姫のお姉さん故、
 きっと以て容貌が醜い筈がありません。
 たぶん、(気弱な?) 邇邇藝命にとって
 石長姫が木花之佐久夜姫に比してやや男勝りの点が気がかり
 だったのでは。
 基本的に逞しい?男性ならお一人よりお二人の方が
 何かと・・・・・?
 それはさて置き、
 邇邇藝命は木花之佐久夜姫と即日に合体。
 一方、大いに恥辱を受けた大山津見神は
 石長姫を慮り、尚かつ、邇邇藝命の短慮を憂い
 邇邇藝命に異議申し立て・諫言する行為に及びます。

 「私の大事な娘二人を邇邇藝命の許に侍らせた理由とは。
  先ず、姉の石長姫の方は
  貴男のお命が雪が降ろうと風が吹き荒れようと
  常に岩(石)の様に、永遠にあって欲しいとの願い。
  又、妹の木花之佐久夜姫の方は
  この花が (毎年々々) 栄える様に貴男の子孫繁栄への願い。
  これらの願いを込めて二人を邇邇藝命に託したのです。
  しかしながら、姉をお返しになり、妹のみを留めおかれた事で
  邇邇藝命のご寿命は
  この花の様にぱっと咲き儚く散ってしまうかも知れません。」 と。

 こう云う訳で、今に至る迄、
 天皇命(すめらきのみこと)等はご長命(寿)ではないのです。
 ここでの古事記表現は非常に現実味を帯びています。
 古事記は712年撰上とされています。
 (今年は丁度1300年当たる年に。)
 更に、天皇命(すめらきのみこと)等、の 「等」 とも記述。

 この時代の短命だった帝、及び、帝の子息は

 弘文帝 (648~672) 享年24歳 戦闘死
 建皇子 (651~658) 享年07歳 病死
 草壁皇子 (662~689) 享年27歳 病死
 大津皇子 (663~686) 享年23歳 政略死
 文武帝 (683~707) 享年24歳 病死

 この飛鳥時代は帝、及び、帝候補に短命が続き、
 天武帝(?~686)崩御以降、
 持統帝(称制686~在位690~697)(645~702)
 元明帝(在位707~715)(661~721)
 元正帝(在位715~724)(680~748)
 と3名の女帝が男系天皇制を継続させる為
 リリーフ役を買う羽目に。
 当然、古事記原作者はこれらを踏まえて記述されたと考えます。
                            続く。

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