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2011年12月11日 (日)

笠沙岬に真っ直ぐで朝日・夕日が射し照る所 352

 ここで、又、不可解な箇所に入ります。
 取り急ぎは古事記原文を

此地者
向韓國眞來通笠沙之御前而
朝日之直刺國
夕日之日照國也

 上をそのまま読んでみます。
 「この地は
  韓国に向きて、笠沙の岬を真来通りて
  朝日の直刺す国
  夕日の日照る国」

 これをおっしゃたのは邇邇芸命さん。
 先ず、地名を指すと思われる 「韓国」・「笠沙の岬」。
 韓国(唐国)(からくに)は中国、或いは、朝鮮を指している筈。
 「この地は」 中国、或いは、朝鮮に向いている。
 地理的には現在の東シナ海、日本海に面する
 南から長崎・佐賀・福岡・山口・島根県、更に北限は鳥取県迄。
 次に、笠沙の岬ですが
 「御前(岬)」 ですから海、或いは、湖に突き出した陸地になり、
 「笠沙(かささ)」 と命名されていた場所。
 その岬を 「真来通りて」 の 「真来(まき)」 が不明。
 因みに梅原猛さんは 「真っ直ぐ」 と訳されています。
 更に、朝日が降り注ぐ地形は南東側であれば何処でも。
 夕日が照り当たる地形は南西側が平地でなければ。
 もう一つ朝日・夕日の条件を満たす所は
 周りよりも断トツに標高がある山頂。
 そして、「この地」 は一体何処っ???
 これらの条件をクリアーする場所はどこかにある筈。

 現実に、この地は宮崎県南部の高千穂峰とされています。
 しかしながら、
 この高千穂峰は朝日・夕日の条件をクリアーするものの
 韓国(唐国)には面していませんし、
 又、北に位置する韓国岳の方が
 標高があるので夕日が時により全面照射してくれません。
 又、この地よりまっすぐな方向にある笠沙の岬、
 こちらの笠沙は、2005年まで笠沙町として実在していました。
 今現在は鹿児島県南さつま市になっています。
 只、笠沙町の表記は昭和の御代ですので
 昔から使用されていたかは甚だ疑問です。
 只、この笠沙町の岬は現在 「野間岬」 と命名されています。
 従って、
 古事記の笠沙岬は彼の地を指し示すとは断定しにくいのです。

 かと云ってもわたくし共には 「この地」 を特定できません。
 ここも古事記研究者に無理矢理、下駄を預ける事にするしか・・・。
 
 邇邇芸命は場所こそ不明ですが、「この地」 を凄く気に入られ
 根拠地にされ大きな建物をお作りなったのです。        続く。

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