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2011年11月20日 (日)

古事記出稿時の血脈説明 349

 ここに来て、突如、古事記は
 古事記出稿時代の明確な血脈説明に。
 取り急ぎ下記を。

 天兒屋命────→ (中臣連等之祖)
 布刀玉命────→ (忌部首等之祖)
 天宇受賣命───→ (猿女君等之祖) 猿の原文は獣偏に爰
 伊斯許理度賣命─→ (鏡作連等之祖)
 玉祖命者────→ (玉祖連等之祖)

 この内、中臣と忌部(いんべ)=(後の)斎部の名前は超メジャー。
 中臣氏と忌部氏は
 古代、朝廷の祭祀に携わっていたとされています。
 中臣連(むらじ)・忌部首(おびと)、
 この連・首は古代の姓(かばね)。   姓は称号(ステイタス)。
 古代には、
 臣(おみ)・連・首・造(みやっこ)・君(きみ)・
 直(あたい)・史(ふひと)・
 県主(あがたぬし)・村主(すぐり) 等々が。
 これらが古事記(712年)の出来上がる前に、天武帝が
 684年、八色(やくさ)の姓(かばね)を制定、政治改革を。
 八色の姓は皆さん日本史で覚えたとは思いますが、
 ヒエラルキー (階級) 順で、
 真人(まひと)・朝臣(あそみ)・宿禰(すくね)・忌寸(いみき)・
 道師(みちのし)・臣(おみ)・連(むらじ)・稲置(いなぎ)の8姓。
 この時点で、
 中臣氏は連ではなく、「朝臣」 に
 忌部氏は首ではなく、「宿禰」 に各々昇級。
 故に、古事記原作者は八色の姓制定以前の称号を使用。
 さすがに、朝臣・宿禰迄の表記はリアル過ぎ見送ったのかしら
                            続く。

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